、私は診察室に這入って来る彼等親子を見てびっくりしたのです。しかも時間まで、昨日と同じ時刻だったではありませんか。
「どうも昨日は、突然にだまって帰ってしまって申わけございません」
と、その患者は云いわけを申しました。
「いいえ、どうしまして。けれどちょっと驚きましたよ」
私は答えました。
「いえ、実はそのこう云うわけなんでございますよ」
患者は話し出しました。
「私はいつも例の発作が起きた後は、心に雲がかかったようになって、その前にあったことをすっかり忘れちまうのです。だものですから昨日も発作からさめてみますと、見たことのない変な部屋におりますでしょう。で、これは怪しいぞと思いながら、立ち上って、ふらふらと表の通《とおり》に出ていってしまったんでございます。ちょうど先生が部屋にお見えにならない最中に……」
「私はまた……」
と、彼の息子は話をつぐのでした。
「見ていると親じが待合室の入口からフラフラと這入って来るんでしょう。ですから、これはてっきりもう診察が終っちまったことだろうと思いましてね、――家へ帰って親じから事情をいろいろきいてみるまで、ちっとも気がつかずにいたんです」
「そうでしたか、そりゃどうも……」
私は笑いながら答えました。
「いや、かまいませんよ、私のほうはちっとも迷惑しなかったんですから。――ただ、どうしたんだろうと思って、ひどくまごつきはしましたがね。――では、待合室でお持ち下さい。昨日の、診察のつづきをやってしまいましょう。もうじき、終りそうな所までいっていたんですから……」
それから三十分ばかりの間、私はその老紳士と、彼の病気の徴候について話し合ったり、診察したりして、すっかり記録をとってから、やがて彼はその息子に手をとられながら帰って行きました。
そこで私は、ちょうどその日もほどなく散歩から帰って来たブレシントン氏に、この患者の話をしてきかせました。するとその話をきき終るか終らないかの時でした。ブレシントン氏はあわただしく二階にかけ上って行きましたが、やがてすぐとんで降りて来ると、いきなり私の診察室にとび込んで来たのです。その恰好は発作に襲われた狂人さながらなのでした。
「僕の部屋に這入った奴はどいつだ?」
彼は呶鳴りました。
「誰も這入りませんよ」
私は答えました。
「いいや、嘘だ」
彼は呻《うな》るように云うので
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