います。御迷惑でも御在宅のほど御願い申上げます。
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 この手紙は私に深い興味を起こさせました。なぜなら、この顛癇病の研究にとって、一番苦しいことは患者が非常に少いと云うことだったからです。ですからその翌日、その手紙が指定して来た時間に、私はちゃんと診察室に坐って、その患者の来るのを待っていたことは申すまでもありません。
 その男は年をとった、痩せぎすな真面目そうな当り前な男で、どこにもロシアの貴族と云ったような感じは少しもありませんでした。が、それよりももっと私を驚かしたのは、その患者の附添いの男でした。それは背の高い若い男で、色の浅黒いしっかりした顔つきに、ヘラクレスのような丈夫そうな四肢と胸とを持っている、見るから堂々とした男でした、彼は患者を肩に倚りかからせながら這入って来て、静かに椅子に腰かけさせました。彼の表情を見ていただけでは、彼のどこに、そんな風に患者をいたわるやさしさがあるのだろうと思えるほど、彼は堂々としていたのです。
「ごめん下さい、先生」
 と、彼は流暢な英語で挨拶しました。
「これは私の父でございます。私にとってはこの父の健康は、何ものにもかえがたい大切なものなのです」
 私は彼のその子としての心痛にいたく心を動かされました。
「診察にお立ち合いになりますか?」
 私は云いました。
「とんでもない」
 彼は恐ろしそうな顔をして叫びました。
「とても私には苦しくって見てはいられないんです。私は父親が、この病気の発作に襲われるのを見るたびに、まるで死んだような気がするのです。私の神経組織は、お話にならないほど弱々しく敏感なんです。――私はお許しをいただいて、診察が終るまで待合室で待っております」
 無論私は彼の申出に同意しました。そしてその若い男は診察室から出て行きました。こんな風にして、いよいよ私は、患者と二人きりになり、その診察に移り、私はその様子を熱心にノートに記して行きました。患者にあまり高い教養はないらしく、時々その答弁は曖昧に分かりにくくなりましたが、私はそれを彼が私たちの国の言葉にまだ不馴れだからだ、と云うような様子を装ってやりました。けれどもそのうちに突然に、彼は私の問いに答えるのをやめましたので、私は驚いて彼を見ていますと、彼はやがて椅子から立ち上って、全く無表情な硬わばった顔をして、私をまじまじと見詰め
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