と私はその後に続いた。そして私たちがようやくその地点に接近すると、その若い女性は、太い幹に身体を支えて、よろよろと立ち上った。前牧師ウィリアムソンは、私たちに変に人を馬鹿にしたような鄭重さで、叩頭《おじぎ》をした。暴漢のウードレーはまた、気狂いのような叫びと、突拍子もない笑い声を上げた。
「おいボッブ、髭なんか取っちまえよ。そんな誤魔化しなんかするまでもないじゃないか。いや君や御一同は、全くちょうどいい処に来たものだ。ウードレー夫人を御紹介しよう」
我々の先達の答は全く変なものであった。彼は扮装していた。黒いつけ髭を、かなぐり取って、地べたに投げつけたら、きれいに剃られた、長い蒼白い顔になった。そして猟用の鞭を振りながら肉薄して来るウードレーに、発矢《はっし》とピストルを突きつけた。
「そうだ」
わが味方の男は云った。
「いかにも俺は、ボッブ・カラザースだ。俺は命に賭けても、この女に間違いのないように護るつもりだ。俺は君に云ったろう、――もし君がこの女を苦しめたら、俺はどう云う仕返しをするかと云うことは、――俺は神明に誓って、俺の言葉を実行するよ!」
「いや何しろ君は遅すぎた! この女はもう僕の妻なのだ!」
「いやこの女の方は、君の寡婦だよ」
ピストルは鳴った。ウードレーの胴衣《ちょっき》の前からは、血が迸り出た。彼は悲鳴を上げながら、腕をもがいてのたうちまわったが、遂に仰向けに倒れて、その兇悪な真赤な顔は、急に気味悪い斑のある蒼白に変ってしまった。その年取った男はと見れば、まだ法衣を羽織っていたが、私がまだかつて耳にしたことなどはないような、呪詛の言葉を放ちながら、ピストルを取り出して向けようとした。しかしこれはまだピストルを取り上げる前に、ホームズの武器に狙われてしまった。
「これでいいだろう、――」
私の友人は冷やかに云った。
「ピストルを棄てろ!」
「ワトソン君、拾ってくれたまえ! そしてそれを頭につきつけて! いや有難う。君、カラザース君、そのピストルをこっちにくれたまえ。もう乱暴者は無いだろう。さあ、こっちに渡して、――」
「しかし、あなたはどなたですか?」
「僕はシャーロック・ホームズです」
「ああ、そうでございましたか!」
「いずれ私のことは知っているでしょう。警官が来るまで、私はその代理をつとめる。ああ君が来ていたのか!」
彼は馬丁が芝生の端に来たのを見て、その驚いて茫然としているのに呼びかけた。
「こっちに来たまえ。君ね、馬に乗って出来るだけ大急ぎで、これをファーナムまで持って行ってくれたまえ」
彼はノートの紙をとって、ちょっと何か書きつけた。
「これを警察署の監督官に渡してくれ。それから彼が来るまでは、私が諸君を監視するから、――」
ホームズの強い、よく訓練された性格は、こうした悲劇の場面をしっかり支配してしまって、いずれも彼の把握の中に収められてしまった。ウィリアムソンとカラザースは、負傷したウードレーを家の中に運び入れ、私はまた、ただ恐怖におののいている娘さんを、支えてやった。その負傷した男は、ベットの上に横にされたが、私はホームズに頼まれたので、彼を診察した。そして私はその報告書を綴織の掛っている食堂に居る、ホームズのところに持って行った。彼の前には彼があずかっている、二人の罪人も居た。
「あの者は助かるだろう」
私は云った。
「何ですって?」
カラザースは、椅子から飛び上りながら叫んだ。
「私は二階に行って、あいつに止めを刺して来ましょう。あなたはあの女が、あの天使が、あの吼えつくようなジャック・ウードレーのために生涯しばりつけられるのだと仰るのですか?」
「いやそれはもう君のかかわったことではない」
ホームズは云った。
「ここにあの女の方が、彼の妻になることのない立派な理由が二つあるんだ。まず第一に、ウィリアムソン君の、結婚式の執行権について追求すると、これにまず我々は、安心が出来るのだ」
「私は僧職は授けられていますよ」
この老悪漢は叫んだ。
「そしてまた、その僧職は、剥脱されているだろう」
「一度牧師になった者は、いつまでも牧師ですよ」
「そんな馬鹿なことはない。では免許証はどうした?」
「私たちは結婚の免許証は貰い受けました。それはポケットにあります」
「それじゃ君は、詐欺をしてそれを手に入れたんだ。しかしとにかくこれは、強制結婚じゃないか、――強制結婚は結婚ではないよ。それどころか大変な重罪だよ。そのことはいずれ君にもじきにわかるよ。まあ僕にして誤《あやま》ちなしとすれば、君がこのことをよく考えてみるために、この後十年以上もの年月が、君のために与えられるだろう。それからカラザース君だが、君はピストルは出さん方がよかったね」
「いやホームズさん、今僕はそれを後悔してお
前へ
次へ
全13ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三上 於菟吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング