どうも出鱈目《でたらめ》であるので、私はちょっと嫌気がさしてまた引き返した。と、――その途端に私は、私の後に立っていた畸形の老人に突き当って、その老人の持っていた本を五六冊、振り落させてしまった。私はそれを拾い上げてやる時にちらりっと見ると、その中には、「樹木崇拝の起原」と云ったような名前の本もあったが、たぶんこの老人は、あるいは商売にしろ物好きにしろ、とにかく貧しい愛書家で、しかも珍本の蒐集家に相違ないと思った。
 私はこの粗忽を、大に陳謝したが、しかしこの珍本たるや、この所有主には、はなはだ貴重なものであったと見えて、その老人は憤然として、自分に罵詈の言葉を投げかけて、踵を返して立ち去った。私はその彎曲した姿勢の、頬髭の白い姿が、群集の中から遠ざかってゆくのを見守った。
 レーヌ公園の第四百二十七番の事件については、私はひどく興味を持たされながら、結局観察の上では、依然としてほとんど何物も進め得なかった。
 邸宅は五尺|起《た》らずの塀で、道路から囲われていたから、まあ庭園内に忍びこもうと思えば、それはごく容易なことであった。がしかし窓はひどく高いもので、極めて特殊の敏捷な者であっ
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