茶苦茶に僕を蹴り、それから両手で虚空をつかんだ。しかしそうして彼が、死に物狂いの努力をしたにもかかわらず、身体の平均はますます崩れて、遂に転落してしまったと云う始末さ。僕は断崖の縁から顔をのぞかせて、長い距離を転落してゆくのを眺めた。彼の身体は一度は、大きな岩に打ちつけられ、それから大きく跳ね上りざま、ざんぶと水に落ちて行ってしまったのだ」
 私はただ驚異の目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》りながら、彼の言葉に傾聴した。ホームズはまた、煙草の煙をぷっぷっと上げながら話しつづける、――
「しかし君あの足跡は、――?」
 私は言葉をさしはさんだ。
「僕はたしかにこの目で、二人が小径を下りて行って、あとそのどちらも帰って来ないことを、見届けたのだがね」
「それはこう云うわけさ。モリアーティ教授が転落してもう姿が消えてしまった瞬間には、全く何と云う僥倖が恵まれたのであろうと思われたよ。しかし僕はまた、僕の命を狙いに狙っている者は、決してモリアーティ教授ばかりではないと云うことは知悉していた。少なくとも三人以上の者が、その主領の死によって、ますます復讐の瞋恚《しんい》に燃えて
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