は小声で云った。
「気づかれて逃げられたかな?」
「逃げられませんよ」
 ピイクロフトは答えた。
「どうして?」
「あのドアは、中の部屋へ行く口なんです」
「そこに出口はないの?」
「ありません」
「その部屋は飾つけがしてありますか?」
「昨日はからっぽでした」
「そうとすれば、一体、何をすることが出来るだろう? どうも私に了解出来ない何ものかがある。――もし恐怖の余り気を変にしたものがあったとしたら、それはピナー自身だ。何が彼奴《きゃつ》をこわがらせたんだろうね?」
「僕たちが探偵だと云うことに感づいたんだよ」
 私は自分の不安を云ってみた。
「そうです」
 ピイクロフトは云った。が、ホームズは首を横に振って
「あいつは蒼くはなってなかったよ。あいつは私たちが這入って来た時、既に蒼い顔をしてた。考えられることは――」
 ホームズの言葉は、中の部屋のほうから来る、鋭いコツコツと云う音でさまたげられた。
「何だってあいつは自分の部屋をノックするんだろう」
 事務員は云った。
 再び前よりは高いコツコツと云う小音が聞えて来た。私達はみんな、呼吸《いき》を殺ろして閉されてあるドアを見詰めた。
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