?」
 彼は答えの代りに、曳出《ひきだ》しから大きな赤い本を出して来ました。
「これはパリの人名住所録ですが」
 と彼は云いました。
「名前の下に職業が書き込んであります。これをお宅へお持ちになって、この中にある鉄器商を全部住所と共に書き抜いていただきたいんです。そうして下されば、私たちに非常に役に立つんです」
「かしこまりました。この中に分類目録がありますね」
 私は念のためにきいてみました。
「確実なものじゃないんです。――この編纂方法は私たちのとは違ってます。――それをやっていただきたいんです。そして月曜日の十二時までに目録を私に下さいませんか。――ではさよなら、ピイクロフトさん。あなたが熱心にお骨折り下すって、会社の有為な主脳部になっていただきたいんです」
 私はその大きな本を小側《こわき》に抱え、胸の中に矛盾した困惑した感情を持ちながらホテルに帰って来たのです。一方では確実に仕事をする約束をして、百|磅《ポンド》をポケットの中に持っていながら、一方では、事務所の外見、壁の上に会社の名前が出ていなかったこと、それからその他事務家の注意しないではいられない部分などが、私のその雇主
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