書の人間の名前をそのまま名乗っていたんだ。――ところが、ふと、彼女の先の夫に、彼女の居場所を見つけられた。――でなけりゃ、またこうも想像出来るんだ。その病気の男と一しょになった淫奔女《いんほんおんな》があってそれに見つけられたんだ。そこでその二人は彼女に手紙を書いて、やって来て事実を暴露するぞ、とおどかしたんだね。で彼女は百|磅《ポンド》を夫からもらって、それで彼等を追払おうとした。ところがそれにもかかわらず彼等はやって来た。そして彼女の夫が、例の離れ家に新しい人が引越して来たと云って話した時、彼女はそれが彼女の脅迫者たちだと云うことを直感したんだよ。で、彼女はその夜《よ》、夫の寝入るのを待って、その離れ家に出かけていって、彼女をそのまま平和にしておいてくれるように彼等を説得しようと努めたんだ。しかし成功しなかったので翌朝また出かけていって、その時、彼女の夫が僕たちに話したように、そこから出て来て、パッタリ彼女の夫に出会ったのだ。そこで、もう再びそこへは行かないと云う約束をすることになった。しかしそれから二日の後《のち》、彼女はこの恐ろしい隣人たちを、どうしても追い払ってしまおうと決心して、もう一つの計画を立てた。そこで彼女は例の肖像画、――それは確かに彼女が自分で描かせてもらったものなんだが――それを持ち出していった。するとこの間に、女中が追いかけて来て、彼女の夫が帰って来たことを知らせた。で彼女は、突嗟《とっさ》に、その女中の話をきいて、これは夫がいきなりこの離れ家にやって来るに相違ないと想像し、いそいでその中の人間を裏口から出して、たぶんそのすぐそばに生えている樅の林の中に這入らせちまったんだ。――こう云うわけで、あの男が這入っていった時には、家の中は空っぽだったのさ。けれど、もしきょうの夕方、あの男がもう一度様子を見にいって、やっぱりまだ空家のままだったら、お目にかかるよ。――君はどう思うね」
「僕もそう思うよ」
「とにかく、事件の真相はこうらしいね。しかしもし何か新事実が発見されて、それが僕たちの予想外のことだったとしても、まだもう一度考え直してみる時間は充分あるからね。――現在としては、ノーブリーへいったあの男から電報の知らせが来るまでは、何もすることはないわけさ」
 しかし私たちは長く待つ必要はなかった。その電報は、私達がちょうどお茶を飲み終った所へと
前へ 次へ
全24ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三上 於菟吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング