しかし誰もそんな旅館を知っているものはなかった。その中《うち》に厩番の少年が、この事に対して一条の光明を与えてくれた。それはここから東ラストンの方に、ちょっと離れているところに、こう云う名前の農夫のあることを思い出してくれたのであった。
「そこはとても人里離れた農場かね?」
「えい、とても寂しいところです」
「どうだろう、――そこの人達は、まだここの事件について知らないだろうか?」
「さあ、たぶんまだきこえてはいないだろうと思いますが、――」
 ホームズはしばらくの間、――静《じ》っと思案していたが、やがて小気味の悪い微笑をうかべた。
「おい若者君、――馬の用意をしてくれたまえ。御苦労だがこの書付を、エルライジと云う人の農場に持って行ってもらいたいんだ」
 彼はポケットから、舞踏人のいろいろの紙片《かみきれ》を取り出した。そしてこれを前に並べて、机に向って何かやっていた。そして一枚の書付を少年に渡して、その書付をきっとこの宛名の人に手渡し、またどんな質問をされても、決して答えないようにと云うことを、くれぐれも云い含めた。その封筒の上の文字は、私の目に止まったが、ホームズの簡明な文字とは
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