夜妻が、私が悪漢をつかまえるために、飛び出るのを引き止めたことについて怒りました。そうすると妻は、私が怪我をしてはいけないと思ったからと云いわけするのでした。しばしの間は私に、妻はその者の何者であるかを知っていて、またその変な相図もわかっていて、彼の女の案じているのは、私ではなく、向うの者の怪我であると云うことが、閃きましたが、しかしまたよく考え直してみると、ホームズさん、彼の女の声の調子にも、また目の色にも、この疑念をかき消させるものがありました。それで私はやはり、彼の女が本当に心配したのは、私自身の身であったのだと考えるのです。これでもう話は終りました、が、さてどうすればよろしいのか、これに対する方法を教えていただきたいのですが。――まあ私の考えとしては、百姓の若者共を五六人も待ち伏せさせておいて、その者が出て来た時に、したたか打ちのめして、以後私共に近寄れないようにしようかとも思っていますが、――」
「いや、そんな簡単なことで、収《おさま》りのつくことではないでしょう」
ホームズは云った。
「一たいあなたはどのくらい、ロンドンに滞在することが出来ますか?」
「私は今日中には、帰宅しなければなりません。私はどんなことがあっても、妻を一人で夜を暮させることは出来ません。彼の女はもう非常に神経質になっていて、どうしても僕に帰宅するようにと云うのです」
「いや、それは御もっともです。しかしもしあなたが、滞在しておられるなら、一両日中にはあなたと一緒に出かけることが出来ると思いますが、――とにかく、この紙は置いて行って下さい。私はごく最近にお訪ねして、この事件に対しては、多少の吉報を齎《もたら》すことが出来ると思いますから、――」
シャーロック・ホームズは、この訪客が立ち去るまでは、いかにもその職業的な、冷静を保っていたが、しかし彼の容子を見なれている私には、彼は内面では、ひどく昂奮《こうふん》しているに相違なかった。ヒルトン・キューピットの広い脊中が、扉《ドア》の外に見えなくなるや否や、彼は机の上に走り寄って例の舞踏人画の紙を取り出して並べて、とても大変なこみ入った計算を始めた。
二時間ばかりの間、――彼は何枚も何枚も、数字と文字を書いては、その仕事に没頭した。全く私がその室《へや》にいるのさえも忘れて、一生懸命に続けた。ある時は多少に仕事が進むもののように、口
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