彼に出会ったことはなかった。――彼は肱附き椅子に腰かけたからだを前に乗り出して、膝の上に例の記録をひろげた。それからパイプに火をつけて、しばらくの間煙草をくゆらしながらその頁《ページ》をひっくりかえしていた。
「君は僕がビクター・トレヴォの話をしたのをきいたことがなかったかね?」
彼はきいた。
「その男は僕が大学にいた二年間に出来た、たった一人の友達だったのだ。僕は決して社交家じゃなかったから、いつもむしろ自分の部屋の中にとじこもって、推理方法の研究を積むことを好んでいた。だから僕は決して自分と同年輩のものとつき合ったことはなかったよ。棒剣術だとかボキシングだとか云うようなものにもほとんど興味がなかったし、従って研究していること柄が、他の連中とは全く違っていて、全然接触する点なんかなかったのだ。しかしそうした中にあって、僕が知り合いになったのはトレヴォだけだったんだ。しかもそれも、ある朝、教会へ出かけて行く途中で、彼のブルテリヤが僕の踝《くるぶし》にかじりついてね、そんな偶然な出来事からだったんだ。
それは友情なんかの出来る経路としちゃ、殺風景な話だが、しかしそれだけに深かったんだ
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