ようなら、御機嫌よう。首なしさん。だよ。ハッハッハハ」
私は、歯を食いしばった。そして上瞼を上の方へまくし上げた。行李は私のようにフラフラしながら流れて行った。
セコンドメイトは、私が、どんなに非常識な事をいっても「憤ってはならない」と心の中で決めているらしかった。
――若し、今、こいつに火をつけたら、ダイナマイト見たいに、爆発するに決ってる。俺が海事局へ行ってから、十分に思い知らしてやればいいんだ。それまでは、豆腐ん中に頭を突っ込んだ鰌見たいに、暴れられる丈け暴れさせとくんだ。――
セコンドメイトが、油を塗った盆見たいに顔を赤く光らせたのから、私は、彼の考えを見てとった。
私とても、言葉の上の皮肉や、自分の行李を放り込む腹癒せ位で、此事件の結末に満足や諦めを得ようとは思っていなかった。
――一生涯! 一生涯、俺は呪ってやる、たといどんなに此先の俺の生涯が惨めでも、又短かくても、俺は呪ってやる。やっつけてやる、俺だけの苦しみじゃない、何十、何百、何万、何億の苦しみだ。「たとえ、お前が裁判所に持ち出したって、こっちは一億円の資本を擁する大会社だ。それに、裁判はこちらの都合で、五年でも十年でも引っ張れる。その間、お前はどうして食う。裁判費用をどこから出す。ヘッヘッヘッ」と、吉武有と云う、鋳込まれたキャプスタン見たいな、あの船長奴、抜かしやがった。抜かしやがった。畜生!「どうして食う? どうして食う?」と奴はこきやがった。――
私は橋板上へ、坐り込んでしまった。
足と、頭の痛さとが、私を、私と同じ量の血にして橋板へ流したように、そこへ、べったりへたばらしてしまった。
――畜生!――
「セキメイツ! 人間の足が痛んでるんだ。分らねえか、此ぼけ茄子野郎! 人間の足が、地についてる処が疼いてるんだ。血を噴いてるんだ!」
私は、頭を抱えながら呶鳴った。
セコンドメイトは、私が頭を抱えて濡れた海苔見たいに、橋板にへばりついているのを見て、「いくらか心配になって」覗き込みに来るだろう。「どうしたんだ、オイ、しっかりしろよ。ほんとに歩けないのかい」と、私の顔を覗き込みに来るだろう。そして、私の頭に手をかけるだろう。オイ。
――手だけは、未だ俺は丈夫なんだからな。ポカッ! と、俺は、奴の鼻に行かなくちゃいけない。口ではいけない。眼ならいくらかいい。だが鼻が一等きき
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