てるじゃないか。
 ――よろしい。あらかじめ無事に収まる地震の分ってる奴等が、慌てて逃げ出す必要があって、生命が危険だと案じる俺達が、密閉されてる必要の、そのわけを聞こうじゃないか。
 ――誰が遁げ出したんだ。
 ――手前等、皆だ。
 ――誰がそれを見た?
 ――ハハハハ。
 私は笑い出した。涙は雨洩のように私の頬を伝い始めた。私は首から上が火の塊になったように感じた。憤怒!
 私は傷《きずつ》いた足で、看守長の睾丸を全身の力を罩《こ》めて蹴上げた。が、食事窓がそれを妨げた。足は膝から先が飛び上がっただけで、看守のズボンに微に触れただけだった。
 ――何をする。
 ――扉を開けろ!
 ――必要がない。
 ――必要を知らせてやろう。
 ――覚えてろ!
 ――忘れろったって忘られるかい。鯰野郎! 出直せ!
 ――……
 私は顔中を眼にして、彼奴《きゃつ》を睨《にら》んだ。
 看守長は慌《あわ》てて出て行った。
 私は足を出したまま、上体を仰向けに投げ出した。右の足は覗き窓のところに宛てて。
 涙は一度堰を切ると、とても止るものじゃない。私はみっともないほど顔中が涙で濡れてしまった。
 私が仰向けになるとすぐ、四五人の看守が来た。今度の看守長は、いつも典獄代理をする男だ。
 ――波田君、どうだね君、困るじゃないか。
 ――困るかい。君の方じゃ僕を殺してしまったって、何のこともないじゃないか。面倒くさかったらやっちまうんだね。
 ――そんなに君興奮しちゃ困るよ。
 俺は物を言うのがもううるさくなった。
 ――その足を怪我してるんだから、医者を連れて来て、治療さしてくれよ。それもいやなら、それでもいいがね。
 ――どうしたんです。足は。
 ――御覧の通りです。血です。
 ――オイ、医務室へ行って医師にすぐ来てもらえ! そして薬箱をもってついて来い。
 看守長は、お伴の看守に命令した。
 ――ああ、それから、面会の人が来てますからね。治療が済んだら出て下さい。
 僕が黙ったので彼等は去った。
 ――今日は土曜じゃないか、それにどうして午後面会を許すんだろう。誰が来てるんだろう。二人だけは分ったが、演説をやったのは誰だったろう。それにしても、もう夕食になろうとするのに、何だって今日は面会を許すんだろう。
 私は堪らなく待ち遠しくなった。
 足は痛みを覚えた。
 一舎の方でも盛んに
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