のだ。死ぬのなら、重たい屋根に押しつぶされる前に、扉と討死しようと考えた。
 私は怒号した。ハンマーの如く打つかった。両足を揃えて、板壁を蹴った。私の体は投げ倒された。板壁は断末魔の胸のように震え戦《おのの》いた。その間にも私は、寸刻も早く看守が来て、――なぜ乱暴するか――と咎《とが》めるのを待った。が、誰も来なかった。
 私はヘトヘトになって板壁を蹴っている時に、房と房との天井際の板壁の間に、嵌《は》め込まれてある電球を遮《さえぎ》るための板硝子が落ちて来た。私は左の足でそれを蹴上げた。足の甲からはさッと鮮血が迸《ほとばし》った。
 ――占めた!――
 私は鮮血の滴る足を、食事窓から報知木の代りに突き出した。そしてそれを振った。これも効力がなかった。血は冷たい叩きの上へ振り落とされた。
 私は誰も来ないのに、そういつまでも、血の出る足を振り廻している訳にも行かなかった。止むなく足を引っ込めた。そして傷口を水で洗った。溝の中にいる虫のような、白い神経が見えた。骨も見えた。何しろ硝子板を粉々に蹴飛ばしたんだから、砕屑でも入ってたら大変だ。そこで私は丁嚀《ていねい》に傷口を拡げて、水で奇麗に洗った。手拭で力委せに縛った。
 応急手当が終ると、――私は船乗りだったから、負傷に対する応急手当は馴れていた――今度は、鉄窓から、小さな南瓜畑を越して、もう一つ煉瓦塀を越して、監獄の事務所に向って弾劾演説を始めた。
 ――俺たちは、被告だが死刑囚じゃない、俺たちの刑の最大限度は二ヶ年だ。それもまだ決定されているんじゃない。よしんば死刑になるかも分らない犯罪にしても、判決の下るまでは、天災を口実として死刑にすることは、はなはだ以て怪《け》しからん。――
 という風なことを怒鳴っていると、塀の向うから、そうだ、そうだ、と怒鳴りかえすものがあった。
 ――占めた――と私はふたたび考えた。
 あらゆる監房からは、元気のいい声や、既に嗄《しゃが》れた声や、中にはまったく泣声でもって、常人が監獄以外では聞くことのできない感じを、声の爆弾として打ち放った。
 これ等の声の雑踏の中に、赤煉瓦を越えて向うの側から、一つの演説が始められた。
 ――諸君、善良なる諸君、われわれは今、刑務所当局に対して交渉中である! 同志諸君の貴重なる生命が、腐敗した罐《かん》詰の内部に、死を待つために故意に幽閉されてあ
前へ 次へ
全9ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング