て来た。お前の足は素晴らしいもんだ。お前の逞しい胸、牛でさえ引き裂く、その広い肩、その外観によって、内部にあるお前自身の病毒は完全に蔽いかくされている。
 お前が夜更けて、独りその内身の病毒、骨がらみの梅毒について、治療法を考え、膏薬を張り、神々を祈願し、嘆いていることは、まだ極めて少数の赤ん坊より外知らないんだ。
 だから、今、お前はその実際の力も、虚勢も、傭兵をも動員して、殺戮本能を満足さすんだ。それはお前にとってはいいことなんだ。お前にとって、それはこの上もなく美しいことなんだ。お前の道徳だ。だからお前にとってはそうであるより外に仕方のない運命なんだ。
 犬は犬の道徳を守る。気に入ったようにやっていく。お前もやってのけろ!
 お前はその立派な、見かけの体躯をもって、その大きな轢殺車《れきさつしゃ》を曵いていく!
 未成年者や児童は安価な搾取材料だ!
 お前の轢殺車の道に横わるもの一切、農村は蹂《ふみにじ》られ、都市は破壊され、山野は裸にむしられ、あらゆる赤ん坊はその下敷きとなって、血を噴き出す。肉は飛び散る。お前はそれ等の血と肉とを、バケット・コンベヤーで、運び上げ、啜《すす》り啖《くら》い、轢殺車は地響き立てながら地上を席捲する。
 かくて、地上には無限に肥った一人の成人と、蒼空まで聳える轢殺車一台とが残るのか。
 そうだろうか!
 そうだとするとお前は困る。もう啖《くら》うべき赤ん坊がなくなったじゃないか。
 だが、その前に、お前は年をとる。太り過ぎた轢殺車がお前の手に合わなくなる。お前が作った車、お前に奉仕した車が、終に、車までがおまえの意のままにはならなくなってしまうんだ。
 だが、今は一切がお前のものだ。お前はまだ若い。英国を歩いていた時、ロシアを歩いていた時分は大分疲れていたように見えたが、海を渡って来てからは見違えたようだ。「ここ」には赤ん坊が無数にいる。安価な搾取材料は群れている。
 サア! 巨人よ!
 轢殺車を曵いて通れ! ここでは一切がお前を歓迎しているんだ。喜べこの上もない音楽の諧調――飢に泣く赤ん坊の声、砕ける肉の響き、流れる血潮のどよめき。
 この上もない絵画の色――山の屍、川の血、砕けたる骨の浜辺。
 彫塑の妙――生への執着の数万の、デッド、マスク!
 宏壮なビルディングは空に向って声高らかに勝利を唄う。地下室の赤ん坊の墳墓は、窓か
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