で勝手に決める問題だ。
 これは、ブルジョアジーと、プロレタリアートとの間にも通じる。
 プロレタリアは「鰹節」だ。とブルジョアジーは考えている。
 プロレタリアは、「俺達は人間」だ。「鰹節」じゃない。削って、出汁にして、食われて失くなってしまわねばならない、なんて法はない。と考える。
 国家と国家と戦争して勝負をつけるように、プロレタリアートとブルジョアジーも、戦って片をつける。
 その暁に、どちらが正しいかが分るんだ。
 だが、第三金時丸は、三千三十噸の胴中へ石炭を一杯詰め込んだ。
 彼女はマニラについた。
 室の中の蠅のように、船舶労働者は駆けずり廻って、荷役をした。
 彼女は、マニラの生産品を積んで、三池へ向って、帰航の途についた。
 水夫の一人が、出帆すると間もなく、ひどく苦しみ始めた。
 赤熱しない許りに焼けた、鉄デッキと、直ぐ側で熔鉱炉の蓋でも明けられたような、太陽の直射とに、「又当てられた」んだろうと、仲間の者は思った。
 水夫たちは、デッキのカンカンをやっていたのだった。
 丁度、デッキと同じ大きさの、熱した鉄瓶の尻と、空気ほどの広さの、赤熱した鉄板と、その間の、******そうでもない。何のこたあない、ストーヴの中のカステラ見たいな、熱さには、ヨウリスだって持たないんだ。
 で、水夫たちは、珍らしくもなく、彼を水夫室に担ぎ込んだ。
 そして造作もなく、彼の、南京虫だらけの巣へ投り込んだ。
 一々そんなことに構っちゃいられないんだ。それに、病人は、水の中から摘み出されたゴム鞠のように、口と尻とから、夥しく、出した。それは、デッキへ洩れると、直ぐにカラカラに、出来の悪い浅草海苔のようにコビリついてしまった。
「チェッ、電気ブランでも飲んで来やがったんだぜ。間抜け奴!」
「当り前よ。当り前で飲んでて酔える訳はねえや。強い奴を腹ん中へ入れといて、上下から焙りゃこそ、あの位に酔っ払えるんじゃねえか」
「うまくやってやがらあ、奴あ、明日は俺達より十倍も元気にならあ」
「何でも構わねえ。たった一日俺もグッスリ眠りてえや」
 彼等は足駄を履いて、木片に腰を下して、水の流れる手拭を頭に載せて、その上に帽子を被って、そして、団扇太鼓と同じ調子をとりながら、第三金時丸の厚い、腐った、面の皮を引ん剥いた。
 錆のとれた後は、一人の水夫が、コールターと、セメントの混ぜ合せたのを塗って歩いた。
 だが、何のために、デッキに手入れをするか?
 デッキに手入れをするか? よりも、第三金時丸に最も大切なことは、そのサイドを修理することではなかったか。錨を巻き上げる時、彼女の梅毒にかかった鼻は、いつでも穴があくではないか。その穴には、亜鉛化軟膏に似たセメントが填められる。
 だが、未だ重要なることはなかったか?
 それは、飲料水タンクを修理することだ。
 若し、彼女が、長い航海をしようとでも考えるなら、終いには、船員たちは塩水を飲まなければならない。
 何故かって、タンクと海水との間の、彼女のボットムは、動脈硬化症にかかった患者のように、海水が飲料水の部分に浸透して来るからだった。だから長い間には、タンクの水は些も減らない代りに、塩水を飲まねばならなくなるんだ。
 セイラーが、乗船する時には、厳密な体格検査がある。が、船が出帆する時には、何にもない。
 船のために、又はメーツの使い方のために、労働者たちが、病気になっても、その責任は船にはない。それは全部、「そんな体を持ち合せた労働者が、だらしがない」からだ。
 労働者たちは、その船を動かす蒸汽のようなものだ。片っ端から使い「捨て」られる。
 暗い、暑い、息詰る、臭い、ムズムズする、悪ガスと、黴菌に充ちた、水夫室だった。
 病人は、彼のベッドから転げ落ちた。
 彼は「酔っ払って」いた。
 彼の腹の中では、百パーセントのアルコールよりも、「ききめ」のある、コレラ菌が暴れ廻っていた。
 全速力の汽車が向う向いて走り去るように、彼はズンズン細くなった。
 ベッドから、食器棚から、凸凹した床から、そこら中を、のたうち廻った。その後には、蝸牛《かたつむり》が這いまわった後のように、彼の内臓から吐き出された、糊のような汚物が振り撒かれた。
 彼は、自分から動く火吹き達磨のように、のたうちまわった挙句、船首の三角形をした、倉庫へ降りる格子床(グレイチン)の上へ行きついた。そして静かになった。
 暗くて、暑くて、不潔な、水夫室は、彼が「静か」になったにも拘らず、何かが、眼に見えない何かが、滅茶苦茶に暴れまくっていた。
 第三金時丸は、貪慾な後家の金貸婆が不当に儲けたように、しこたま儲けて、その歩みを続けた。
 海は、どろどろした青い油のようだった。
 風は、地獄からも吹いて来なかった。
 デッキでは、セーラー
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