、踏みつけても、踏みつけても、溜飲のように、それはこみ上げて来るのだった。
病める水夫は、のたうちまわった。人間を塩で食うような彼等も、誇張して無気味がる処女のように、後しざりした。
彼等は、倉庫から、水火夫室へ上った。
「ピークは、病人の入る処じゃねえや」
「ピークにゃ、船長だけが住めるんだ」
彼等は、足下から湧いて来る、泥のような呻き声に苛まれた。そして、日一日と病人は殖えた。
多くもない労働者が、機関銃の前の決死隊のように、死へ追いやられた。
十七人の労働者と、二人の士官と、二人の司厨《コック》が、ピークに、「勝手に」飛び込んだ。
高級海員が六人と、水夫が二人と、火夫が一人残った。
第三金時丸は、痛風にかかってしまった。
労働者のいない船が、バルコンを散歩するブルジョアのように、油ぎった海の上を逍遥し始めた。
機関長が石炭を運び、それを燃やした。
船長が、自ら舵器を振り、自ら運転した。
にも拘らず、泰然として第三金時丸は動かなかった。彼女は「勝手」に、ブラついた。
日本では大騒ぎになった。――尤も、船会社と、船会社から頼まれた海軍だけだったが――
やがて、彼女が、駆逐艦に発見された時、船の中には、「これじゃ船が動く道理がない」と、船会社の社長が言った半馬鹿、半狂人の船長と、木乃伊《みいら》のような労働者と、多くの腐った屍とがあった。
[#地から1字上げ]――一九二六、二、七――
底本:「日本プロレタリア文学全集・8 葉山嘉樹集」新日本出版社
1984(昭和59)年8月25日初版
1989(平成元)年3月25日第5刷
初出:「解放」
1926(大正15)年5月号
入力:林 幸雄
校正:伊藤時也
2010年1月26日作成
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