と云ふのであらう、未だ海峡を渡つて、内地へ来て一年にもならない、その六つになる子は太田に云つた。
太田は幼い従弟を道に下した。
そこで、私たちは始めて子供の傷口をよく見たのだつた。
傷口は眉の間の所謂急所であつた。少し右の方に寄つてゐるかと思はれた。見たところ大した傷ではなく、血も、もう止つてゐた。
子供も、もう尻を引つぱたかれないでいいのだと云ふことが分つたのと、傷も大して痛くないと見えて、ニコニコしながら、可愛いい朝鮮の言葉で、太田に何か話しかけてゐた。
その子は全く可愛いい顔をしてゐた。殊にその下ぶくれの頬と、澄み切つた瞳とが、可愛いい上に聡明な印象を与へてゐた。
私は言葉は分らなかつたが、その子や、その子の友達たちと遊んだものだつた。さう云ふ時、両親について来てもう長くなる子だの、内地に来てから生れた子だのが通訳してくれるのだつた。それによると、その万福と云ふ子は、見たところ以上に聡明であつた。
私は「朝鮮人」と云ふ言葉を使はないやうにしてゐた。無論「鮮人」とは云はなかつた。が、悲しいことには、工事場には、さう云ふ言葉が、言葉そのものは仕方がないとしても、軽蔑や
前へ
次へ
全22ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング