し、社会人類、国家に尽す方法も持たないし、詰り人生の食ひ潰しであることを自認したのだつた。
 自認すると同時に、他からもさう認められてゐたのだから、結果は明白だつた。
 そこで、子供たちには、子供たちが「面白い」として喜ぶことを、させてやらうと思つた。と云つても、収入が途絶してしまつてゐるのだから、その範囲は極めて狭く局限されるのだつた。
 その日の釣り兼蝗取りも、その催しの一つだつた。これなら金がかからないで、子等の弁当のお菜が取れる。その上川魚は頭ごと食へるから、第二の国民の骨骼を大きくする為のカルシウム分もフンダンにある。外の栄養分は知らないが、悪いことはないに決つてゐる。
 そんなことはどうだつて、さうだ、どうだつてよくはない。が、それよりも、釣りをすることを子供たちが、果して喜んだかどうかなのだつた。私が居なくなつて、子供たちが成長してから、その日を快よい、生き甲斐のある一日として思ひ出の種にし得るかどうか、が問題であつた。
 このだらしのない、子等に対して申し訳なく、相済まなく思つてゐる父の心が、そんな釣りの半日で子供の心に通じるかどうか、これは寧ろ逆効果でありはしないか。
 私より遙かに先きに立つて、暗闇の中に姿を消してしもうた子供たちの心の中に、私は入らうと努めた。
 ――何をあの子等は考へてゐるであらう――
 だが、私は子等の心の中へだけ入り込んで終ふと云ふことは出来なかつた。子等の心の中に入り切る事は出来なかつたが、あの子たちよりも、もつともつと不幸な子供たちが沢山あるし、又、これからはもつと、ずつと殖えるに違ひない、と私は思つた。
 坂の中途に、檜の造林が道を挾んで、昼もなほ暗い処がある。そこの入口で子供たちは私を待つてゐた。
「速いねえ。もつと悠くり歩かなけや、父ちやんは附いて行けないよ」
「引つ張つて上げようか」
 と、一年生の女の児が、私の手を引つ張つて、グイグイと先きに立つた。
 強い力だ。私の心はスパークのやうに、一瞬間青白い光を放ち、熱を持つた。が、次の歩みの時には、もう元の闇に帰つてゐた。
 急坂を登り切らうとする所、村の部落外れに、荒ら屋がある。
 その家の子供の一人が、私の男の子と同級である。
 ある夜、私は釣りの帰りに、硝子のない硝子戸から、その家の有様を通りすがりに眺めた。
 亭主は手を膝にキチンと揃へ、正坐して俯向いてゐ
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