。プラットフォームは、彼を再び絶望に近い恐愕に投げ込んだ。
白い制服、又は私服の警官が四五十人もそこに網を張っていた。
汽車はピタッと止った。
だるい、ものうい、眠い、真夜中のうだるような暑さの中に、それと似てもつかない渦巻が起った。警官が、十数輛の列車に、一時に飛び込んで来た。
彼は全身に悪寒を覚えた。
(畜生! 大袈裟に来やがったな。よし、こうなりゃやけくそだ)
恐愕の悪寒が、激怒の緊張に変った。匕首《あいくち》が彼の懐で蛇のように鎌首を擡げた。が、彼の姿は、すっかり眠りほうけているように見えた。
制服、私服の警官隊が四人、前後からドカドカッと入って来た。便所の扉を開いた。洗面所を覗いた。が、そこには誰も居なかった。
「この車にゃ居ない!」
「これは二等だ、三等に行け!」
「発車まで出口を見張ってろ!」
二人の制服巡査が、両方の乗降口に残って他のは出て行った。
プラットフォームは、混乱した。叫び声、殴る響、蹴る音が、仄暗いプラットフォームの上に拡げられた。
彼は、懐の匕首から未だ手を離さなかった。そして、両方の巡査に注意しながらも、フォームを見た。
改札口でなしに、小荷物口の方に向って、三四十人の人の群が、口々に喚き、罵り、殴り、髪の毛を引っ掴みながら、揺ぎ出した岩のようにノロノロと動いて行った。
その中に、(見当のつかなかった小僧)が小荷物受渡台の上に彼自身でさえ驚くような敏捷さで、飛び上った。そして顔中が口になるほど、鋭く大きい声で叫んだ。帽子を引き千切るようにとって、そいつを下に叩きつけた。メリケン粉の袋のようなズボンの一方が、九十度だけ前方へ撥ね上った。その足の先にあった、木魚頭がグラッと揺れると、そこに一人分だけの棒を引き抜いた後のような穴が出来た。
「同志! 突破しろ……」
少年が鋭く叫んだ。と同時に彼の足は小荷物台から攫われて、尻や背中でゴツンゴツンと調子をとりながら、コンクリートの上へ引きずり下された。
汽車は静に動き出した。両方の乗降口に立っていた制服巡査は飛び下りた。
(畜生! 弁当も買えやしない。何だ、あれは、一体)
思わず、彼は深い吐息をついた。そして、自分の吐息の大きさに慌てて、車室を見廻した。乗客は汽車が動き出すと一緒に、長くなったり、凭れに頭を押しつけたりして、眠りを続けた。
(何者だろう? あいつ等は一
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