又早く出かけなけゃならないのにねえ」
おふくろは弱い声で云った。「お母さんも眠れないんですか。わしは今までグッスリ眠ったんですよ。腹の具合は少しはいいですか?」
(腹の具合が良かろう筈がねえじゃないか、医者にもかけねえ、薬も飲まさせねえ、軟かい滋養分も食べさせない、その代りに子供の守をさせてる! 地獄だ! 自分で看護婦が入用な、垂れ流しの老人に、子供の守をさせる。死ぬまで車を引っ張る馬のように、死ぬまで苦労を背負わせるんだ。子供が七輪の炭火の上に倒れても、よう起さないで泣き出してしまう老人に、――畜生! 俺は一体どうなればいいんだ。ああ、――明日も早いから――とおふくろは云ってる。明日俺の出かけるのは、工場の前のピケッチングじゃないか! ふうっ!)
彼は、音のしないように髪の毛をひっ掴んだ。そして憎ったらしく、検束者をでもするように、やけに引っ張った。髪の毛は汗でねばねばしていて、ふて腐れたように手にザワザワ捲きついて来た。
――吉田さん、吉田さん。――
暑苦しいために明けっ放した表から、誰かが呼んだ。
吉田はハッとした。
(来やがった。遂々来やがった。何時だ、三時だな、畜
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