生爪を剥ぐ
葉山嘉樹

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)蝸牛《かたつむり》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)全日本[#「日本」に「×」の傍記]
−−

 夏の夜の、払暁に間もない三時頃であった。星は空一杯で輝いていた。
 寝苦しい、麹室のようなムンムンする、プロレタリアの群居街でも、すっかりシーンと眠っていた。
 その時刻には、誰だって眠っていなければならない筈であった。若し、そんな時分に眠っていない者があるなら、それは決して健康な者ではない。又、健康なものでも、健康を失うに違いない。
 だが、その(時刻)は眠る時刻であったが、(時代)は健康を失っていた。
 プロレタリアの群居街からは、ユラユラとプロレタリアの蒸焼きの煙のような、見えないほてりが、トタン屋根の上に漂うていた。
 そのプロレタリア街の、製材所の切屑見たいなバラックの一固まりの向うに、運河があった。その運河の汚ない濁った溜水にその向うの大きな工場の灯が、美しく映っていた。
 工場では、モーターや、ベルトや、コムベーヤーや、歯車や、旋盤や、等々が、近代的な合奏をして
次へ
全10ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング