いたい。自重健闘を祈る。――

 吉田は、紙切れに鉛筆で走り書きをして、母に渡した。
「これを依田君に渡して下さい。私はちょっと行って来ますから。心配しないで下さいね。大丈夫だから」
 老母の眼からは、涙が落ちた。
 吉田は胸が痛かった。おそろしい悲しみと、歯噛みしたいような憤怒とが、一度に彼の腹の底からこみ上げて来た。
 が、吉田はすべての感情を押し堪えて、子供を背中に兵児帯で固く縛りつけて、高等係中村と家を出た。
 子供は、早朝の爽やかな空気の中で、殊に父に負ぶさっていると云う意識の下に、片言で歌を唄いながら、手足をピョンピョンさせた。
[#地から1字上げ]――一九二六、一一、二六――



底本:「日本プロレタリア文学全集・8 葉山嘉樹集」新日本出版社
   1984(昭和59)年8月25日初版
   1989(平成元)年3月25日第5刷
初出:「不同調」
   1927(昭和2)年1月号
※底本の親本(初出)の伏せ字は、底本では編集部によって復元され、当該の箇所には×が傍記されています。
入力:林 幸雄
校正:伊藤時也
2010年1月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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