本さえ、その薄闇《うすやみ》の中に見失うまいとするようにして進んだ。
やや柵の曲がった辺へ来ると、グラウンドではなく、街道を風のように飛んでゆく姿が見えた。
その風の姿は、一週間前、セコチャンが溺死《できし》した沼のほうへと飛んだ。
安岡は、自分が溺死しかけてでもいるような恐怖にとらわれ、戦慄《せんりつ》を覚えた。が、次の瞬間には無我夢中になって、フッ飛んだ。
道は沼に沿うて、蛇《へび》のように陰鬱《いんうつ》にうねっていた。その道の上を、生きた人魂《ひとだま》のように二人は飛んでいた。
沼の表は、曇った空を映して腐屍《ふし》の皮膚のように、重苦しく無気味に映って見えた。
やがて道は墓地の辺にまで、二人の姿を吹くように導いた。
墓地の入り口まで先頭の人影が来ると、吹き消したように消えてしまった。安岡は同時に路面へ倒れた。
墓地の松林の間には、白い旗や提灯《ちょうちん》が、巻かれもしないでブラッと下がっていた。新しいのや中古《ちゅうぶる》の卒塔婆《そとうば》などが、長い病人の臨終を思わせるように瘠《や》せた形相《ぎょうそう》で、立ち並んでいた。松の茂った葉と葉との間から、曇った空が人魂のように丸い空間をのぞかせていた。
安岡は這うようにして進んだ。彼の眼をもしその時だれかが見たなら、その人はきっと飛び上がって叫んだであろう。それほど彼は熱に浮かされたような、いわば潜水服の頭についているのと同じ眼をしていた。
そして、その眼は恐るべき情景を見た。
それは筆紙に表わし得ない種類のものであった。
深谷は、一週間前に溺死《できし》したセコチャンの新仏の廓内《かくない》にいた!
彼のどこにそんな力があったのであろう。野球のチャンが二人でようやく載っけることができた、仮の墓石を、深谷のヒョロヒョロな手が軽々と持ち上げた。
その石をそばへ取り除《の》けると、彼は垣根《かきね》の生け垣の間から、鍬《くわ》と鋸《のこぎり》とを取り出した。
鍬は音を立てないように、しかしめまぐるしく、まだ固まり切らない墓土を撥《は》ね返した。
安岡の空《くう》な眼はこれを見ていた。彼はいつの間にか陸から切り離された、流氷の上にいるように感じた。
深谷は何をするのだろう? そんなにセコチャンと親密ではなかった。同性愛などとは思いもよらない仲であった。ほとんど一度も口さえ利いたことはなかった!
軟らかい墓土はそばに高く撥ねられた。そして棺《ひつぎ》の上はだんだん低くなった。深谷の腰から下は土の陰に隠れた。
キー、キー、バリッ、と釘《くぎ》の抜ける音がした。鍬で、棺の蓋《ふた》をこじ開けたらしかった。
深谷の姿は、穴の中にかがみ込んで見えなかった。
が、鋸が、確かに骨を引いている響きが、何一つ物音のない、かすかな息の響きさえ聞こえそうな寂寥《せきりょう》を、鈍くつんざいていた。
安岡は、耳だけになっていた。
プツッ! と、鋸の刃が何か柔らかいものにぶっつかる音がした。腐屍《ふし》の臭《にお》いが、安岡の鼻を鋭く衝《つ》いた。
生け垣の外から、腹這《はらば》いになって目を凝らしている安岡の前に、おもむろに深谷が背を伸ばした。
彼は屍骸《しがい》の腕を持っていた。そして周りを見回した。ちょうど犬がするように少し顎《あご》を持ち上げて、高鼻を嗅《か》いだ。
名状しがたい表情が彼の顔を横切った。とまるで、恋人の腕にキッスでもするように、屍《しかばね》の腕へ口を持って行った。
彼は、うまそうにそれを食い始めた。
もし安岡が立っているか、うずくまっているかしたら彼は倒れたに違いなかった。が、幸いにして彼は腹這っていたから、それ以上に倒れることはなかった。
が、彼は叫ぶまいとして、いきなり地面に口を押しつけた。土にはまるでそれが腐屍《ふし》ででもあるように、臭気があるように感じた。彼はどうして、寄宿舎に帰ったか自分でも知らなかった。
彼は、口から頬《ほお》へかけて泥だらけになって昏々《こんこん》と死のように眠った。
朝、深谷は静かに安岡の起きるのを待っていた。
安岡は十一時ごろになって死のような眠りからよみがえった。
不思議なことには深谷も、まだ寝室にいた。
安岡が眼を覚ましたことを見ると、
「君の欠席届は僕が出しておいたよ。安岡君」と、深谷が言った。
「ありがと」安岡はしまいまで言えなかった。
「きみは、昨夜、何か見なかったかい?」と、深谷が聞いた。
「いいや。何も見なかった」安岡の語尾は消えた。
「きみの口の周りは、まるで死屍《しかばね》でも食ったように、泥だらけだよ。洗ったらいいだろう。どうしたんだね」
深谷が、静かに言った。
が、その顔には、鬼気があふれていた。
それっきり、安岡は病気になってしまっ
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