創立された。
だいたい今まで中学が少な過ぎたために、県で立てたのが二つ、その当時、衆議院議員選挙の猛烈な競争があったが、一人の立候補が、石炭色の巨万の金を投じて、ほとんどありとあらゆる村に中学を寄付したその数が五つ。
こんなわけで、今まで七人も一つ部屋にいた寄宿生が、一度に二人か三人かに減ってしまった。
その一つの部屋に、深谷《ふかや》というのと、安岡《やすおか》と呼ばれる卒業期の五年生がいた。
もちろん、部屋の窓の外は松林であった。松の梢《こずえ》を越して国分寺の五重の塔が、日の光、月の光に見渡された。
人数に比べて部屋の数が多過ぎるので、寄宿舎は階上を自習室にあて、階下を寝室にあててあった。どちらも二十畳ほど敷ける木造西洋風に造ってあって、二人では、少々|淋《さび》しすぎた。が、深谷も安岡も、それを口に出して訴えるのには血気盛んに過ぎた。
それどころではない、深谷はできることならば、その部屋に一人でいたかった。もし許すならばその中学の寄宿舎全体に、たった一人でいたかった。
何かしら、人間ぎらいな、人を避け、一人で秘密を味わおうという気振《けぶ》りが深谷にあることは、安岡も感じていた。
安岡は淋しかった。なんだか心細かった。がもう一学期半辛抱すれば、華やかな東京に出られるのだからと強《し》いて独り慰め、鼓舞していた。
十月の末であった。
もう、水の中に入らねばしのげないという日盛りの暑さでもないのに、夕方までグラウンドで練習していた野球部の連中が、泥と汗とを洗い流し、且《か》つは元気をも誇るために、例の湖へ出かけて泳いだ。
ところがその中の一人が、うまく水中に潜って見せたが、うまく水上に浮かび上がらなかった。あまり水裡《すいり》の時間が長いので、賞賛の声、羨望《せんぼう》の声が、恐怖の叫びに変わった。
ついに野球のセコチャンが一人|溺死《できし》した。
湖は、底もなく澄みわたった空を映して、魔の色をますます濃くした。
「屠牛《とぎゅう》所の生き血の崇《たた》りがあの湖にはあるのだろう」
一週間ぐらいは、その噂《うわさ》で持ち切っていた。
セコチャンは、自分をのみ殺した湖の、蒼黒《あおぐろ》い湖面を見下ろす墓地に、永劫《えいごう》に眠った。白い旗が、ヒラヒラと、彼の生前を思わせる応援旗のようにはためいた。
安岡は、そのことがあってのち
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