怖れとに囚はれた。われ等も何時、どんなことで死なぬとも限らぬのだ。それがわれわれの運命なんだ。
火傷《やけど》をした兄弟が臨終の苦悶の時、「何分後の処をお願ひ申します」と云つた。あの時の顔は自分の胸に固く焼きつけられてゐる。兄弟はクリストが十字架についた時のやうに、柔和な顔をしてゐた。誰を呪ひも恨みもせずに、天命だと諦めて逝つたのだ。一人の妻と四人の子供を残して。
兄弟よ。彼が臨終にわれ等に頼んで行つた遺族は、工場法の規定による彼の日給の百七十日分と、外に約百円、合せて四百円を受取れることになつた。遺族のために四百円の金はどんな意味を持つことであらう。
兄弟よ。十字架を負うて逝ける兄弟と、その遺族のために、われ等の味方になつて奮闘した、一人の算盤玉は、工務課から排斥せられ、主脳者によつて首が、そのあるべき処以外に置かれようとしてゐるのだ。
兄弟よ、われ等の肉と血潮の上に、脂切つた肉体と、それを包む華美な衣服と、荘大なる邸宅を載せて、悦楽を貪る資本家に反抗してはならぬ。われ等は絶対に無抵抗主義であらねばならぬ。若し反抗を試みるならば、首の周りに鉄の柵を結《ゆ》ひ廻してからにするが
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