な浪《なみ》が打っている。万寿丸はデッキまで沈んだその船体を、太平洋の怒濤《どとう》の中へこわごわのぞけて見た。そして思い切って、乗り出したのであった。彼女がその臨月のからだで走れる限りの速力が、ブリッジからエンジンへ命じられた。
冬期における北海航路の天候は、いつでも非常に険悪であった。安全な航海、愉快な航海は冬期においては北部海岸では不可能なことであった。
万寿丸|甲板部《かんぱんぶ》の水夫たちは、デッキに打ち上げる、ダイナマイトのような威力を持った波浪の飛沫《ひまつ》と戦って、甲板を洗っていた。ホースの尖端《せんたん》からは、沸騰点に近い熱湯がほとばしり出たが、それがデッキを五尺流れるうちには凍るのであった。五人の水夫は熱湯の凍らぬうちに、その渾身《こんしん》の精力を集めて、石炭塊を掃きやった。
万寿丸は右手に北海道の山や、高原をながめて走った。雪は船と陸とをヴェールをもってさえぎった。悲壮な北海道の吹雪《ふぶき》は、マストに悲痛な叫びを上げさせた。
生命のあらゆる危難の前に裸体となって、地下数千尺で掘られた石炭は、数万の炭坑労働者を踏み台にして地上に上がって来た。そして
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