なので、仕事はすこぶる危険であった。ウッカリするとウォーニンのあおりを食って、海へ飛んで行かねばならなかった。それにしても、若い水夫らにとっては、それは、全裸であばれ回ることが「痛快」なことであった。彼らはしまいには、少々寒くなりながらも、裸でその作業をなし終えた。ところが、妙な船長だ! ボースンが裸ですぐ飛んで出なかったというので、ひどくボースンをしかったのだ!
全くこれは予想外の悪い結果を水夫たちはもたらしたものだ。水夫たちでは、漁船じゃあるまいし、全裸で「船長」の見て「いられる」前で作業することは無礼だと、船長は考えるだろう。だが、ウォーニンを取りはずすことは、また急いでいるんだろう。だから、こういう時を利用して、やつの鼻先におれらの×を拝ませてやれというつもりだったのだ。
ところがその晩ボースンは船長から「ねじ」のぐらつくほど「油をしぼられた」のであった。「そんなふうでは非常の時に役に立たない、かえって邪魔になるくらいなもんだ」というんだ。
それにはボースンはひどくしょげた。水夫たちも、方角違いの飛ばっちりに、いささか、恐縮したのだった。
だがそれは、問題にならずに、直江津に着いた。直江津の初秋! それは全く、日本海特有のさびしい景色《けしき》であった。さらでだに、人恋しい船のりは、寂しい人なつっこい自然の情景の前で、滅多に来る事のない直江津の陸をながめて恋い慕った。
ところが困ったことには直江津の海はきわめて遠浅であって、おまけに少し風が吹くと、そこはのべったらな曲線をなした海岸であるために、汽船は錨《いかり》を巻いて、大急ぎで佐渡《さど》へと逃げねばならないのであった。
佐渡へ避難する! それもまたセーラーたちには結構であった。そこにも、珍しい街《まち》、珍しい風俗があるのだ。
万寿丸は別に錨を巻いて逃げるほどのことはないが、石炭積み取りの艀船《はしけ》は波で来られないという、はなはだじれったいあいまいな日が三、四日続いた。これには、船長はおろか、だれでも癇癪《かんしゃく》を起こした。
そうかといって、わが万寿丸が、不良少年のように、ノコノコ佐渡までも女狂いには出かけられないのであった。
ちょうど、その時日曜が来た。船長は直江津の艀船《はしけ》の腑甲斐《ふがい》なさを、冷やかす意味において、水火夫全体へ向かって、当番を除いたほかの者は、ボートと伝馬《てんま》とをおろして、練習していいという、本船初まって以来の計画と壮挙とが発表された。そこで、伝馬にはデッキ、カッターにはエンジンということに振り当てられた。
この計画が発表されると、同時に、ボースンと、今の大工、三上の三人は逸早《いちはや》く隠謀をたくらんでしまった。それは、伝馬を、どんどん漕《こ》いでって、上陸して直江津の女郎買いを「後学のため」にして、朝帰って来ようというのであった。そのためには、グズグズしてると不純な分子藤原のごとき、小倉、波田のごときが乗り込んで来ると、いけないというので、気脈相通ずる火夫長とナンブトー(ナンバーツーオイルマン)とを誘惑して、伝馬を占領してしまった。これは無邪気なおもしろい企てであった。この企ては必ず喝采《かっさい》を博すると、彼らは考えた。
直江津の町は、沖から見ると、砂浜から、松がところどころに上半身を表わしていて、街《まち》はほとんど、その姿を見せないようなところであった。それは、隠されるとなお見たくなるという人心をはげしく刺激した。おまけに、だれかが直江津へ一度来たことがあるのであった。
「ここの女郎は、皆亭主持ちなんだぜ! そして、みんな自分の家を持ってるんだぜ、自分の家へ連れていくんだぜ、素人《しろうと》みたいなのや、かと思うと芸妓《げいぎ》も及ばないようなのがいるんだぜ。そして、皆素人素人してるんだぜ。まるで自分の家へ帰ったようなものだぜ。日本一だ! 全くここの女郎買いを知らないやつは船のりたあいえないくらいなんだぜ」それは、恐ろしく皆の者を興奮させた。有夫の女郎、素人の女郎! 人に飢えた船のりはもう有頂天にされてしまったのであった。それはまるで錦絵《にしきえ》の情緒じゃないか。
それは、全くおそろしいほど、彼らの好奇心をそそった。素人の娼婦《しょうふ》! 一軒を持っている娼婦! それは全く独特のものであった。
この興奮剤は、恐ろしい偉力を現わした。伝馬は直ちにおろされた。
彼らは大騒ぎをしておろした。それは難なく、海面へおりた。そして、三上は、実際直江津の漁夫を笑うかのように、楽々とおもてへ漕《こ》ぎ寄せた。ボースン、ナンバン、ナンブトー、大工、という順序にロープを伝って乗り込んだ。
櫓《ろ》が二|挺《ちょう》立てられた。三上と大工とがそれを押した。
波の山、波の谷を、見えつ隠れ
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