磨滅《まめつ》して来た。いわゆる「焼けて」来たのであった。彼らは十分に栄養を採っているわけではなかったので、機械の油が切れてすぐ焼けて来るように、彼らの肉体も焼け始めたのであった。彼らは、ことに小倉は三上よりも体力が非常に劣っていたので、肩から背へかけた部分、大腿骨《だいたいこつ》の部分などに、熱を感じて来たのであった。それと共に、二人とも、非常な「だるさ」と、力の衰えることを感じた。彼らは「ままよ、なるようになれ!」と覚悟を決めてしまった。
 船長も、今は強圧的に、頭ごなしにやっつけるわけに行かなかった。もちろん[#筑摩版ではここに「彼は」が入る]、その精鋭なるピストルは本船に置いて来たのであった。このために彼は、幾分かその憶病さの度が募ったのでもあったが、何しろ、彼は、ただ一人であった。その権力――与えられたる――を保証し、それを暴力化せしめるところの背景が、全然、今、彼に与えられていなかったのだ。
 「力が一切を決定するのだ。民衆は、今恐ろしい勢いで力を得つつあるのだ。力が正しく働くか、力が悪く働くか、力が搾取的に働くか、力が共存的に働くか、によって、人類が幸福であるか、不幸であるか、惨虐であるか、平和であるかに分かれるんだ」
 小倉は、船内において最大、最高の、公、私、いずれにもわたる権力の所有者である船長が、その一切の暴力的背景を置き忘れて来たために、この短時間の間に、五倍の太さの腕を有する三上の一|喝《かつ》の下《もと》に、縮み上がらねばならぬという喜劇を見た。そして、そこに暴露されたる権力の正体を見た。
 「おれたちが力を個々には持っていても、それが組織されていない、訓練されていない、というところに一切の敗因が巣食っているのだ!」小倉は、それが個々に露頭の突き合ったおもしろさから、あとから、あとからと、それについての考えが、わき出て来るのだった。
 「だが、おれたちは、今、この万寿丸の状態で、労働者の個々の力を組織することができるだろうか、発作的な、衝動的な、同志打ち的な暴力の発動は、おれたちの仲間にある。(以下八字不明)はおれたちの上にあるのだ。おれたちは、十分に組織された暴力をもって傷つけられる上に、まだ足りないで、自分自身の暴力まで用いて、自分を傷つけるんだ」
 小さな伝馬は、その危険なる海上を、その暗黒の中に、船長の地位も権力をも完全に蹂躙《じ
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