に切られて、泣きわめいた。海はその知らぬ底で大きく低く、長く啀《いが》んでいた。
 わが万寿丸は、その一本の手をもって、相変わらず虚空《こくう》をつかんで行き悩んでいた。船尾[#「船尾」は底本では「船首」と誤記]の速度計は三マイルを示していた。
 水夫たちは、倉庫からグリスを取り出して、ウエスにつけてその手に握った。
 そして、ボースンが、ランプを持って、レットの機械を照らした。
 ともからは、波田が以前から、その後頭の左寄りのところにインチ丸ぐらいで深さ二寸ぐらいの穴を「ブチあけ」てやりたい、とつねづねねがっていたセキメーツ(二等運転手)が来た。
 ガラス管は沈錘《ちんすい》の中へ収められた。そして、バネがはずされた。凧《たこ》の緒《いと》のようなワイアを引っぱってレットは、ガラガラッと船尾から、逆巻く、まっ黒な中に、かみつかんばかりに白い泡《あわ》を吐く、波くずの中へと突進した。デッキの最高部はきわめて狭かった。従って、後部のハッチデッキを浪でおおう時は、われわれは、本船と切り離された板片《いたきれ》の上にすがっているような心細さを感じた。凍寒はナイフのように鋭く痛くわれらの薄着の肌《はだ》をついた。飛沫《ひまつ》は絶えず、全部の者を縮み上がらせた。
 レットが、その緒《いと》を引っぱる速度がゆるむと、それは、ハンドルによって止められる、そしてそのワイアの長さが、そこで読まれる。それを読み終わると、二つのハンドルでその沈錘《ちんすい》を巻き上げねばならない。それが水夫の仕事であった。深海測定器であるから、おまけに進行中であるから、錘は斜めに流れつつ海底に到達するのである。百メートル、二百メートルなどのワイアの長さを読み上げられた時、われわれは、海の深さより、それを巻き上げることの困難さに縮み上がる。
 それはきわめて、それそのものとしては軽いものであった。けれども船の進行と、浪の抵抗とは、釣った魚がいよいよ陸上に上がるまでは、その幾倍もの大きさのように思われる、より以上に、その小さな沈錘を重くした。そして、その手巻きウインチは、きわめて小さくできていたために、ワイアを、一回転に、きわめて小距離、最初は二インチ後に三インチぐらいより巻き取ることができなかった。そして、それが車軸へ来るまでに、二人《ふたり》の水夫は、グリスをもって、ワイアに塗らねばならなかった。これ
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