ったのだのが、二、三人かけて待っていた。
 そのうちに「安井さん」と呼ばれて、ボーイ長は二人《ふたり》に抱《かか》えられて、診察室へはいって行った。
 「どうしたんです」医者はきいた。
 ボーイ長は、かいつまんでけがをした時のようすと、痛いところとを話した。蒸気のラジエーターが、白い湯げを吐いていた。
 ボーイ長は、寝台の上で巨細に診察を受けた。そして、足は、改めてナイフで切り開かれたり、ピンセットで、神経を引っぱられたり、血管を引っぱり出して、それを糸で縛ったりした。
 「どうして、こんなに、いつまでもほっといたんです。夏だったら、もうこの辺から切り取らねばならぬようなことになってたかしれないよ」といって、膝《ひざ》の辺を指さした。
 「船長が、どうしても診《み》せることを許さないんです。それで、僕らは、自費で連れて来たんです」藤原は答えた。
 「何か、船長と、例のごとくけんかでもしてるんだろう。船では、よくあるこったからね。君たちも強く出たんだろう」若い医者は、近視眼鏡の奥で、その人のよさそうな目で、笑いながら言った。
 「そんなことじゃないんです。全く、話にならないんです」と、藤原は簡単に暴化《しけ》の話と、横浜の話をした。
 医者は、大きく、うなずきながら聞いていたが、
 「足は、これで一週間もすれば、糸を除《と》れるようになると思うんだが、胸の打撲傷のところは、一度、内科に、見てもらわないといけないね。どうも、そこは外科では、ちょっと困るからね」
といった。
 「それじゃ、胸を内科で診察してもらうんですか」波田がきいた。
 「そう、その方がいいね。足は絶対に動かしちゃいけないよ。五日か一週間のうちに、もう一度来てください」
 「は」と藤原は答えて、二人はボーイ長を抱《かか》えて、内科の方へ行った。
 一週間、以内なんぞに来られやしない――ことは皆を困らし、途方に暮れさせた。が、まあ、内科の方が、済んでから考えることにしようと、言い合わせたように、皆が考えた。それは、痛い傷に触れたくないような状態であった。
 内科の医者は「熱が夕方になると出るだろう」とたずねた。ところが船には、ともは知らずおもてには、検温器などは見たこともなかった。従って、熱もあるにはたしかにあるんだが、高すぎるのか、低すぎるのか、皆目見当がつかなかった。
 「計ったことがないんですが、実
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