的な欲望に変わるのだ。自由を奪われたものは自由を生命より尊いと思うようになるものだ。
菓子には、銀色の小さなフォークが楊枝《ようじ》代わりについていた。紅茶のコップは銀のスプーンがついていた。彼らは、これらの器物を汚《よご》さないように、気にしながら、たちまちのうちに第一の皿《さら》をあけて、第二番目が注文された。
三三
彼らは甘いものに対する渇望がややいやされた。そこでボーイ長へ持って帰る菓子が注文された。それから彼らは、ボーイ長の負傷について「とも」の取った態度について、われわれは、どういう形において抗議するか、また、三上のような、事件をひき起こさずには置かない、船長のめちゃくちゃな態度に対して、そしてこれらのことを交渉するならば、労働時間もハッキリと決めてもらうこと、それに賃銀がまるで相場はずれだから、も少し上げてもらうこと。――当時欧州大戦乱時代であって、石炭は水夫たちの寝るべき室にまで詰め込まれたほどであり、従って、汽船会社の利益は莫大《ばくだい》なものであった。――それに、日曜でも何でも出帆入港でとられれば、それで休日はおじゃんになるが、それは休日を翌日回しということにしてもらおう。これらのことは、ぜひ片をつけるべき性質のものであり、またつけねばならない状態に、われわれは追い迫られている。そこで、これらのことをいつ、交渉を始めるがいいかということの話が、彼らの間に、西沢によって口を切られて問題になった。
「それは、交渉をチーフメーツに対してやるか、または最初っから船長に対してやるべきものか、それが問題だね」と小倉は言った。
「もちろんそれは決定権を持っている船長との最初で最後の交渉にならねばならんだろう」藤原が答えた。
「君の言うように、それが最初で最後であると言うならば、交渉を拒絶された場合には、どうなるんだろう」小倉はその点をおそれていた。もし交渉が不調になったりした場合、同盟下船とでもいうことになれば自分は明らかに乗船停止を食うだろう。そうすると、自分は高等海員の免状をとる資格がなくなってしまうんだ! 彼は苦しい立場にあった。彼はもし、高等海員になってやや多い収入を得ないならば、山陰道《さんいんどう》の山中で、冷酷な自然と、惨忍なる搾取との迫害から、その僻村《へきそん》全体が寒さのために凍死し、飢餓のために餓死しなければなら
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