、今、海上では同じく生命の赤裸々な危険に、その全身を船体と共に暴露しつつある、船員の労働によって運送されるのであった。
 藤原六雄《ふじわらろくお》は、ランプ部屋《べや》へはいって、ランプの掃除《そうじ》をしていた。彼は、今年二十八歳のひどくだまりやの、気むずかしやであった。そして、一体彼は何か仕事をしているのか、どうか疑わしいほど、労働がきらいな性《しょう》のように見えた。彼の職務は倉庫番であった。
 ランプ部屋はブリッジに向かい合って、水夫室と火夫室の間に、みじめに、小さくこしらえられてあった。藤原はそこでランプのホヤをふきながら、水夫たちが、デッキを掃除しているのを見ていた。彼はこのごろボースンにも、一等運転士にも見込みが悪いことを知っていた。「ストキ(倉庫番)にもワシデッキの時には手伝ってもらわなきゃならん。一万トンも八千トンもある船とはちがうんだからな」と、いつか水夫たち全部がそろって飯を食ってる時にボースンにいわれたことがあった。
 「ふん、ストキとは倉庫番てことだ。倉庫番は倉庫の番さえしてりゃ、それで沢山だろう」と、彼は答えた。
 ――それ以来、どうも、おれは水夫たちの仲間からまでも受けがよくない――と、さびしそうに、ストキは考えた。

     二

 船のエンジンはフルスピードをかけていたが、風と浪とで速力がまるで出なかった。未明に出帆《しゅっぱん》したのに、夕方になってもまだ津軽《つがる》海峡沖を抜け切らなかった。
 その夜、高等船員側では室蘭へ引きかえそうかとの相談も行なわれたが、それは実行されるには至らなかった。
 水夫たちは、暴風雪がだんだん猛烈になって来るにつれて、その作業も平常とは趣を異《こと》にし初めた。船体は保険マーク以上に沈んでいるので、充分に抵抗的であって、波浪は一つも残らずデッキへと打ち上げた。そしてデッキは一面の海になってしまった。すくい込む水はなかなか小さな排水口から急には出て行かなかった。デッキには、ハッチの上を通るように、ライフライン(命綱)が張られた。いつデッキを通ろうと試みても、そこは外海と何ら異なるところはないからであった。
 浪はその山と山との間に船をはさんでしまう。その谷になった部分が船のヘッドから胴体へ進む時、次の山の部分がヘッドに打ちあたる。鉄製のわが万寿丸も、この苦悶《くもん》には堪《た》えかねて、断末
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