ボースンはそれを気にして、彼は、特に、一円を理髪代として貸した――菓子屋の来た時に彼は月二割の利子をむさぼるところのボースンの金を、一円借りたのである。ボースンも彼には菓子代は決して貸さなかったが、波田は理髪代といった――彼はそれで、一度に金つばを食ってしまった。
 彼は、神様を便所から見つけたが、菓子箱には貧乏神がいるとこぼしていた。「しかし、正月になれば、それも何とかなるだろうさ、くよくよしたもんでもないや」
 彼は自分に言い訳をしながら、沖売ろうのねえさんの所有に属する、菓子箱へと近づいた。
 「どうだね、うまい菓子があるかね」
 「みんな、うまいかすだわね」菓子屋のねえさんは、東北弁まる出しで答えた。
 波田は、うまそうな菓子を一種ずつ取って食べた。そして、そのたんびに計算を腹のなかで忘れなかった。金つばが食いたかったが、これは沖売ろうは持って来なかった。
 室蘭では、東洋軒という、室蘭一の菓子屋が作るだけであった。彼はそこのケークホールへ、その格好で平気で押しかけるのであった。
 ろくに食べた気のしないうちに波田は五十銭の予定額だけを食い尽くした。それ以上は借款によるよりほかに道がないので、彼はやむを得ず、小倉が帰って来るまで待つことにした。
 波田にとっては、一切の欲望の最高なるものを菓子が占めていた。
 もし三上がいるとすれば、沖売ろうのねえさんは、ボースンと、大工と、三上との共同戦線の下《もと》に、かわいそうにいじめられるのであった。彼女は、それを覚悟で、二重に猿股《さるまた》をはいて、本船へ、彼女のパンを得《う》べく沖売ろうに来るのであった。
 彼女は、実に気の毒なほど醜かった。それは形容するのが惨憺《さんたん》なくらいに醜い女であった。年は二十三、四ぐらいに見えた。彼女は、女に生まれたことが全く不都合な事だった。彼女がその髪を延ばして置いて、鏡に向かってその髪を結ぶ時に、きっと彼女は自然をのろうだろうとおもわれた。彼女と一緒に本船の火夫室へ来る沖売ろうは、彼女とはまるで違っていた。年は同年ぐらいであったが、彼女は北国に見る美人型であった。
 彼女は、水夫たちから、ことに、彼女を見るも気の毒なくらいに恥ずかしめる、ボースンや大工らは、彼女が、「インド猿《ざる》」によく似てると、むきつけて、そうであることが、不都合きわまることのようにほんきに、彼女を
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