「売り物だったら買い手もあろうじゃないか」
おやじは、もう三上と「まじめ」な話をすることは「やめた」と決めた。が、それにしても、こんな野郎に「踏み止《とど》まれちゃ」商売が上がってしまうのだった。
「お前もう横浜じゃとてもだめだから、神戸《こうべ》へでも行って見たらどうだね、そのサンパンに乗ってさ。え」
「おらあ、万寿が帰って来るまで待ってるよ。浜で。船員手帳はおれのもんだからなあ」
「万寿の船長は、お前を監獄にほうり込んでやるといってたそうだぜ」
「船長が、しかしそうはしないだろうよ。おれが監獄へほうり込まれる前に、やつが海ん中へたたっ込まれるだろうよ」
「お前は、船長を、おどかしたってえじゃないか、『海ん中へたたっ込むぞっ』て。どえらいことをやったもんだなあ、だが、おもてはみな大喜びだったぜ。『何だったって三上はえらい、やる時になりゃあのくらいやるやつあない』ってさ。だが、少し気をつけないといけないぜ、しばらくお前は横浜を離れてた方がいいんだがなあ。どうだい神戸か長崎へでも行って見ちゃ」
「おやじが海員手帳を取ってくれるかい?」
「それや取ってやってもいいが、渡さねえだろう。おれんとこに、あれよりもよっぽどいい履歴のがあるから、それを持って行けよ」
三上は、別人の手帳を持って、別人になって、神戸へ行った。伝馬は、ボーレンのおやじが預かって、万寿が入港したら返すことにした。
海員の雇い入れは、その手続きが全く面倒であった。きわめて、厳格なる手続きの下《もと》に、きわめて厳格に取り締まられて、そして、彼らほど搾取される労働者は、多く他に例を見ないのであった。たとえば、三上は五年間汽船に乗っていて、ようやく月給十八円になったばかりであった。話にならないのだ。全く!
しかも、それに対して、命はおおっぴらに投げ出してあるのだ!
二四
北海道万寿炭坑行きのボイラー三本を、万寿丸は、横浜から、室蘭への航海に、そのガラン洞《どう》の腹の中に吸い込んだ。それははなはだ手間の取れる厄介な積み込みであった。だが横浜には、そんな種類の荷役《にやく》になれた仲仕《なかし》は沢山あった。従って、水夫たちも安心して、その作業を手伝った。それに、チーフメーツもそれらのことを知っているから、それほど興奮もしなかった。
珍しい荷物であったので、退屈を紛らし
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