や孫の場合に、断然取りかへすといふことがある。爺さんが若ければ孫も若いのだ。
下
肥え担ぎ競走は、おそらく農村独特の増産競技であった[#「あった」はママ]。役場と産業組合と国民学校の対抗リレーで、スタートには村長と、組合長と、校長とが並んだ。
まさかいくら何でも、本ものは入れて走れないので、清水を八分目くらゐ湛へた。
ヨーイ、ドン、で駆け出したのだが、村長さんも組合長さんも日頃馴れてゐることとて、腰の据り方といひ、手の振り方といひ、足の運び方といひ堂に入つたものであつた。が、おそらくさつぱり駄目だらう、といふ予想を裏切つて校長も農民の誇りを傷つけるやうなことはなく、抜きつ抜かれつ、水をこぼすまいとして走る、組合長と村長の後を続いた。組合長が直線コースで校長を抜いた時は大喝采が起つた。
次ぎのランナーは、みんな年が若かつたので、元気にまかせて、担いでゐるのが肥えの筈であることを忘れて、ポチャポチャやりながら駆け出し疾走し始めた。審判員がこぼれただけの水を補給しようとして、バケツを持つて追つかけて、打ちあけるのだが全部は入らないといふ風だつた。
縄なひリレーは十四区から五人づゝの選手が出て、一メートルづゝ縄を綯つて、一定の長さに達した時、石を載せた箱を引つ張つて張力を試験して見た。これは殆んど同時に綯ひ上つた組が多く、石が軽かつたために、切れた縄もなかつた。が、まるで縄になつてゐないで、さゝくれ立つてゐて、おそる/\石を引つ張つて賞に入つた、といふので「縄の規格」の審査をやれ、といふ声が上つた。
何しろ、優勝区には、増産奨励の酒が一升づつ出ることになつて村長の机の上に六本並んでゐるのだから、他の賞品になら寛容の美徳を現はす連中も、この縄綯ひリレーだけは、勝敗が明確でないといふことにした。
爆笑に続く哄笑。晩秋の陽光は澄みきつた高山性の空気を透して暑く、一同を汗ばませた。
運動会の終了後は、賞と書いた胴巻きのある酒瓶を中心に、各区の集会所で一同持ち寄りの懇親会が開かれた。ここでまた、運動会の話で持ちきつた。
かうして、一日楽しく明治節を祝つた。
明日からまた稲扱きに寸暇もない。そして直ぐに麦蒔きである。
かうして農民は、全力を上げて増産にいそしんで、子供と一緒に娯しんでゐるのである。
底本:「日本の名随筆19 秋」作品社
19
前へ
次へ
全3ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング