字義通りに彼女は瘠せ衰えて、棒のように見えた。
幼い時から、あらゆる人生の惨苦《さんく》と戦って来た一人の女性が、労働力の最後の残渣《ざんさい》まで売り尽して、愈々《いよいよ》最後に売るべからざる貞操まで売って食いつないで来たのだろう。
彼女は、人を生かすために、人を殺さねば出来ない六神丸のように、又一人も残らずのプロレタリアがそうであるように、自分の胃の腑《ふ》を膨《ふく》らすために、腕や生殖器や神経までも噛《か》み取ったのだ。生きるために自滅してしまったんだ。外に方法がないんだ。
彼女もきっとこんなことを考えたことがあるだろう。
「アア私は働きたい。けれども私を使って呉れる人はない。私は工場で余り乾いた空気と、高い温度と綿屑とを吸い込んだから肺病になったんだ。肺病になって働けなくなったから追い出されたんだ。だけど使って呉れる所はない。私が働かなけりゃ年とったお母さんも私と一緒に生きては行けないんだのに」そこで彼女は数日間仕事を求めて、街を、工場から工場へと彷徨《さまよ》うたのだろう。それでも彼女は仕事がなかったんだろう。「私は操《みさお》を売ろう」そこで彼女は、生命力の最後の一滴を涸《か》らしてしまったんではあるまいか。そしてそこでも愈々《いよいよ》働けなくなったんだ。で、遂々《とうとう》ここへこんな風にしてもう生きる希望さえも捨てて、死を待ってるんだろう。
三
私は彼女が未《ま》だ口が利けるだろうか、どうだろうかが知りたくなった。恥しい話だが、私は、「お前さんは未だ生きていたいかい」と聞いて見る慾望をどうにも抑えきれなくなった。云いかえれば人間はこんな状態になった時、一体どんな考を持つもんだろう、と云うことが知りたかったんだ。
私は思い切って、女の方へズッと近寄ってその足下の方へしゃがんだ。その間も絶えず彼女の目と体とから私は目を離さなかった。と、彼女の眼も矢っ張り私の動くのに連れて動いた。私は驚いた。そして馬鹿々々しいことだが真赤になった。私は一応考えた上、彼女の眼が私の動作に連れて動いたのは、ただ私がそう感じた丈《だ》けなんだろう、と思って、よく医師が臨終の人にするように彼女の眼の上で私は手を振って見た。
彼女は瞬《またたき》をした。彼女は見ていたのだ。そして呼吸も可成《かな》り整っているのだった。
私は彼女の足下近くへ、急に体か
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