様な臭気の中で人間の肺が耐え得るかどうか、と危ぶまれるほどであった。彼女は眼をパッチリと見開いていた。そして、その瞳《ひとみ》は私を見ているようだった。が、それは多分何物をも見てはいなかっただろう。勿論《もちろん》、彼女は、私が、彼女の全裸の前に突っ立っていることも知らなかったらしい。私は婦人の足下《あしもと》の方に立って、此場の情景に見惚《みと》れていた。私は立ち尽したまま、いつまでも交《まじわ》ることのない、併行《へいこう》した考えで頭の中が一杯になっていた。
 哀れな人間がここにいる。
 哀れな女がそこにいる。
 私の眼は据《す》えつけられた二つのプロジェクターのように、その死体に投げつけられて、動かなかった。それは死体と云った方が相応《ふさわ》しいのだ。
 私は白状する。実に苦しいことだが白状する。――若《も》しこの横われるものが、全裸の女でなくて全裸の男だったら、私はそんなにも長く此処に留っていたかどうか、そんなにも心の激動を感じたかどうか――
 私は何ともかとも云いようのない心持ちで興奮のてっぺんにあった。私は此有様を、「若い者が楽しむこと」として「二|分《ぶ》」出して買って見ているのだ。そして「お前の好きなようにしたがいいや」と、あの男は席を外《はず》したんだ。
 無論、此女に抵抗力がある筈《はず》がない。娼妓《しょうぎ》は法律的に抵抗力を奪われているが、此場合は生理的に奪われているのだ。それに此女だって性慾の満足のためには、屍姦《しかん》よりはいいのだ。何と云っても未《ま》だ体温を保っているんだからな。それに一番困ったことには、私が船員で、若いと来てるもんだから、いつでもグーグー喉《のど》を鳴らしてるってことだ。だから私は「好きなように」することが出来るんだ。それに又、今まで私と同じようにここに連れて来られた(若い男)は、一人や二人じゃなかっただろう。それが一一(四字不明)どうかは分らないが、皆が皆|辟易《へきえき》したとも云い切れまい。いや兎角《とか》く此道ではブレーキが利きにくいものだ。
 だが、私は同時に、これと併行《へいこう》した外の考え方もしていた。
 彼女は熱い鉄板の上に転がった蝋燭《ろうそく》のように瘠《や》せていた。未だ年にすれば沢山《たくさん》ある筈《はず》の黒髪は汚物や血で固められて、捨てられた棕櫚箒《しゅろぼうき》のようだった。
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