ろが、どつかから貰ひ水してあるバケツに飛びつく。ところが、その水たるや貴重なものである。洗濯などには一滴たりとも使へはしないし、顔だつて二ヶ月も洗つた事は無いのだ。
さう云ふ貴重な水なれば、子等が飲むのには柄杓に二杯も飲ませはする。
が、子供等が、甘露々々と飲んだ揚句が騒動である。
附近一帯の水涸れで、工面のいい家は、どん/\井戸を掘り下げたり、水道を引いたりして、文字通り「涼しい顔」をしてゐられるのであるが、この埃の溜つた井戸の使用者は借家人であり、その家主は、前代は財布の紐で首でも吊つたんではないか、と疑はざるを得ない吝ん坊なのである。
「井戸から水が出ない」
と借家人が云ふと、
「お天陽様のやる事は、家主が責任を負ふ訳には行かない」
と、この家主の老人は、舌さへ動かし惜しみつゝ答へる。
「それでも隣の家の井戸からは、フンダンに水が出るが」
と云ふと、
「わしは、その隣の井戸を覗いた訳ではない」
酒屋の景品券じやあるまいし、この因業家主は店子を「焙り出す」心算でゐるのだ。
そこで、焙り出されかけた家の子供等は、「水」と云ふものに、原始アラビア人が覚えた程も、驚異と礼
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