とでふいた。が、ふいてもふいても、ふき切れない程の、涙が、腹の底から沸きだした。
 Nが読み終つた時、長い、深い、沈黙があるだけだつた。咳もしなかつた。
 暫くして、同志Sが、やうやく口を切つた。
「あゝ、またおれは追ひ抜かれた!」
「素、素、素晴らしい!」
 と、叫んだ。私の声は、まるで私の子供のと、すつかり同じ泣き声だつた。
     *
 この小説は、外の、捨て身な作品と共に、私たちの生活を、文字通りに食ひ込む雑誌の創刊号に発表される。
 私たちは、困難な時代に生きてゐる。そして、プロレタリア文学の道は、全く、困難な道を行き悩んでゐる。だが、私たちは、「捨て身」で、「遺言」の積りで、プロレタリア文学の道を守つて行かうと思つてゐる。



底本:「日本の名随筆 別巻17 遺言」作品社
   1992(平成4)年7月25日第1刷発行
底本の親本:「葉山嘉樹全集 第五巻」筑摩書房
   1976(昭和51)年2月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:渡邉つよし
校正:もりみつじゅんじ
2000年11月6日公開
2006年
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