烈《はげ》しく女を叱り飛《とば》して、バラ/\と階段を馳上った。泉原も続いて後に従った。廊下から掛った鍵を捻《ひね》って三階の表部屋をあけると、緑色のドレスを着けた娘が手足を縛《ばく》されて椅子に括《くく》りつけられたまゝ、部屋の隅に小さくなっている。その瞬間、泉原はてっきりその女をグヰンだと思った。然《しか》しそれは過《あやま》りで、背恰好《せいかっこう》や顔立は見違える程似ているが、全くの別人であった。不意の闖《ちん》入者に彼女は度を失って、少時《しばらく》言葉もなく立竦《たちすく》んでいたが、相手の二人が救助に来たのであると知ると、
「有難うございました。私は昨晩から悪者の為にこの部屋に監禁されているのでございます。父様《とうさま》はどうなすったでしょう。どうかすぐH旅館《ホテル》へ案内して下さい。私はAというもので、父様の看護の為、当地にきているのです。」と息をきらせながらいった。泉原は素早く馳寄《かけよ》って女の縛《いましめ》を解いた。A嬢といえば先刻《さっき》海浜旅館で見かけた婦人であると思っていたが、今この部屋に監禁されている令嬢を見れば、旅館でA嬢の名を騙《かた》っているのはグヰンに相違ない。A嬢はギルに向って手短かに昨夜来の出来事を語った。それによると彼女は昨夜、義理の母に当るA夫人から電報を受取って停車場《ステーション》まで出迎えにいった。すると其処《そこ》にはA夫人の他に従兄《いとこ》のリケットがいた。彼は常々A嬢に取入ろうとして執拗に附纏《つきまと》っている。A老人は予々リケットの不良性を持っている事を知って、家には出入を禁じてあった。それにも拘らずA夫人と共に、停車場へ着いたので、A嬢は烈しい言葉で詰問した事だけは記憶《おぼ》えているが、その後の事は何も知らず、気がついた時は手足を縛《ばく》されて此処《ここ》に監禁されていた、という事である。
「私は従兄のリケットを旅館へつれてゆく事を欲しなかったので、傍にいた自動車の蔭へA夫人を呼んで、相談をしました。その時大方|魔酔剤《ますいざい》を嗅《かが》されたものと見えます。何卒《どうぞ》一刻も早く、旅館へ連れていって下さい。斯《こ》うしている間にも、父様の上にどんな恐ろしい事が起るかも知れないのです。」
 二人は支配人の言でA老人の逝去《なくな》った事実を知っているので、黙って顔を見合せた。ギル
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