しょう」
 と、女は言った。
 三人は橋の袂《たもと》から狭い土堤《どて》下の道を小走りに歩いていた。女は土地の料理店『柳亭《やなぎてい》』の女将《おかみ》お玉《たま》で、一緒についてきたのは料理番の佐吉爺《さきちじい》さんである。
 伊東とお玉とは長い知り合いで、そもそも伊東がこの町に土地を購《か》ったことからして、お玉の周旋であった。お玉は伊東の旧《ふる》い友人|宝沢《たからざわ》の従妹《いとこ》である。
 土堤下で三人を待っていたのは制服を着た巡査と警察医、それに駅の助役と工夫であった。
「どうも、いろいろお手数をかけて相済みませんです。あの人はなにも分からなかったんでしょうが、なんだってこんなことをしてくれたんでしょうね」
 お玉は警官にそんな挨拶《あいさつ》をしながら、気味悪そうに筵のほうを見た。
「近道をしようとしてトンネルを抜け、煙に巻かれてやられたらしいですね。十一時四十八分の下りです」
 と、助役が言った。
 轢死した及川武太郎《おいかわたけたろう》はお玉の実兄で、千葉県の長者町《ちょうじゃまち》で一時は小学校の校長をやったり村長を務めたりしたことのあった男だが、大東
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