げた。そのころから伊東は急に言葉少なになって、ときどきお玉や佐吉に話しかけられても何か考え込んでいて、ぼんやりしていることがあった。それでも、彼は努めて甲斐《かい》がいしく手助けをしようとしていた。
「とんだことでしたね。しかし、物事はなんでも順序どおりになってくるものですよ。いいことにしろ、悪いことにしろ、みんな本人の背負っている運ですからね」
伊東はそんなことを言った。
「生きているときはさんざん人に骨を折らしたんですから、汽車に轢《ひ》かれて自分の骨をおっぺしょるのは当たり前ですよ」
お玉は泣いたような、笑ったような声で言った。
「……猟銃を持って逃げたとは、どういうわけなんです?」
「あら、わたし、まだお話ししませんでしたかね。昨夜、横浜から法人《のりと》さんがお見えになったんですの。……昨夜は遅うござんしたし、それにすぐあんな騒ぎでしょう、そんなわけでお宅には伺わなかったんですが、今夜はきっとお伺いしますわ。今朝暗いうちに鉄砲を持って出かけましたよ。いまごろはなんにも知らないで、鳥を追っかけて歩いているんでしょうね」
と、お玉は言った。
「宝沢が来たんですか。猟銃を取り返すために武太郎さんの後を追っていったというのは、宝沢なんですね……」
伊東は酒癖の悪い武太郎が玄関先で暴れ回っている光景を思い浮かべていた。きっとよく見たら、お玉の頬《ほお》に痣《あざ》でもありはしないかと思った。
伊東は『柳亭』へ行ってなにかと手伝いをしてやり、家へ戻ったのは夕暮れの四時過ぎであった。空は異様に薄明るく、死んだように風が落ちて、屋敷の中は深い谷底のようにしんとしていた。
「おい、どうしたんだ。家の中が真っ暗だね」
伊東の声にびっくりしたように、勝手口から飛び出してきた小婢《こおんな》は、
「ああ、旦那さまですか、お帰りあそばせ。わたし、お使いに行った婆《ばあ》やさんかと存じまして……」
と、吃《ども》りながら言った。
「柳亭のお玉さんの兄さんが汽車に轢かれて死んだのでね、いままで手伝いをしていたんだよ」
「まあ……そうでございますか。……あの、さきほど宝沢さまがお見えになりまして、しばらくお書斎でお待ちしていらっしゃいましたが、ちょっとその辺まで行ってくるとおっしゃってボートに乗ってお出かけになりました」
「そうか。ではお見えになったら、すぐお通ししておくれ
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