いる人影を見て、いまいましげに肩を竦《すく》めた。そこにはまた、ハルピンから来た男の蛇のような目が光っていた。
二人は急に声を潜めてなにやら話し合っていたが、街路樹の葉が疎《まば》らに影を落としているアスファルトの道路を横切って東京駅地下室の美容院の階段を下りていった。
二人は二時間ほどして東京駅の八重洲口《やえすぐち》の改札を出ると、とある横町の清涼飲料水の看板の出ている酒場の路地へ姿を消した。
高い建物の上に遅い月が懸かっていた。夜はまだ更けてはいないが辺りは不思議に静かで、どこかのダンスホールから床を踏む靴と寂しいサキソホンの音が聞こえてくる。
清涼飲料水の看板を掲げた酒場の薄紫色のガラス扉がおりおり開いて、洋服を着た男たちが出たり入ったりしていた。
十一時を少し回ったころ、その路地から最前の二人が出てきて左右に別れた。
3
数寄屋橋《すきやばし》外の『ナイル・カフェ』では、八時に外出した主人の海保が十一時に戻ってきて、風邪を引いたとみえ寒気がすると言い、ウイスキーを二、三杯ひっかけて棟続きの寝室へ退いてしまった。十一時に店を仕舞って、通いの女給たち
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