いったいどうしたっていうの?」
「わたしね、お店を辞めたのよ。もっともこの間じゅうから腹の内で決めていたんだけれども、あの親父《おやじ》があんまりいけ図々《ずうずう》しくっていやになってしまって、予定を繰り上げたわけだわ」
「じゃあ、海保は今度はあなたに白羽の矢を立てたのね。もっとも、あなたは奇麗だからね」
 洋装の女はいくらか嫌みっぽく言った。
「何を言っているのばかばかしい! この人はそんなことじゃあ、まだ未練があるのね」
「でも、あの人の本当の性質はあんなじゃあなくってよ。みんな花江《はなえ》の指金だわ」
「その花江だってあんな目に遭ってさ、いまは東京にはいないっていうじゃあないの」
「本当にそんな人かしら。でもわたし、半年もこうして遊んでいるうちに、世の中なんて何をしたってろくなことはないとつくづくいやになってしまったわ。わたし、店にいたときがいちばん幸せだったのよ」
「百合《ゆり》ちゃん、あの男と撚《よ》りを戻そうなんて弱気になっちゃだめよ。いっそ方針を変えて、一年や二年遊んで暮らせるだけ搾《しぼ》り取っておやりなさいよ」
 波瑠子はその時、数間先の自動車の傍《そば》に立って
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