しばらくして遠くの廊下に、軽い足音がした。
 緑色のカーテンが揺れて、白い顔が出た。
「あら、みのりさん、あなたはまた来ているのね。お父さまに見つかると叱《しか》られるわ。さあお部屋へ行っていらっしゃいね」
「波瑠子《はるこ》さん、あまり叱らないでね。わたし、お父さまに叱られるのは我慢するけれども、あなたに叱られるのは辛《つら》いわ。わたしね、あなたがここまで来てくださらないでも、陰であなたの声を聞いたり足音を聞いたりしているだけでも嬉《うれ》しいのよ」
「まあ、かわいい人ね」
 波瑠子は少女の額に接吻《せっぷん》した。
「波瑠子さん、またあのいやなハルピンの方が来ていらっしゃるのでしょう? わたし、心配よ。どうかして、あの方をお店へ来させないようにする法はないでしょうか」
「あの人が来ているなんて、どうしてみのりさん分かって?」
「わたしには分かるわよ。あなたの着物に、この間と同じトルコ煙草《たばこ》の移り香がしていますもの。そして、あなたはあの方が来て以来、急に心配事ができたのね。あの方はきっと、悪い人でしょう」
「ええ、わたしにとっては悪い人ですけれども……わたしのほうがもっ
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