宝石の序曲
松本泰

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)勾配《こうばい》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)府下|目黒町《めぐろまち》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)耳にたこ[#「たこ」に傍点]が
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       1

 狭い、勾配《こうばい》の急な裏梯子《うらばしご》を上り切ったところの細長い板の間は、突き当たりに厚いカーテンがかかっていて、古椅子《ふるいす》や古テーブルなどを積み重ね、片側をわずかに人が通れるだけ開けてある。そこは階下に通ずる非常口で、めったに使うことはなかった。
 梯子段に近い明かり取り窓の下に、黒天鵞絨《くろビロード》の洋服を着た盲目の少女が夕陽《ゆうひ》の中の鉄棒の影のように立っている。長い睫毛《まつげ》の下に寂しく閉じている目を心持ち上へ上げて、彼女はじっと耳を澄ましていた。
 カーテンを隔てた廊下向こうのパーラーから、グラスの触れ合う音や女給たちの陽気な声が聞こえていた。
「ああ、いらしったわ!」
 少女の口もとに微笑が浮かんだ。彼女の耳には聞こえない音まで、聞こえていた。
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