柏君を訪ねるところだから、御一緒にゆきましょう」
私は詰らない事をいったと思って悔んだが、今更どうする事も出来ず、時間を気にしながら、柏の家までついていった。私は先に立ったカクストン氏が階段に足をかけた時、
「煙草を買ってきますから」といい棄てて私は四辻まで後も見ずに走った。兎に角、ソーホー街と反対の方向に来ているので、非常に急がないと時間に後れてしまう。私はカクストン氏の思惑などを考慮《かんが》える暇がなかった。
自動車がソーホー街の八十八番へ着いた時は、予定の七時を余程過ぎていた。案内を乞わないうちに、玄関の扉をあけて、支那服を着た老人が、引擦り込むように、私を屋内へ導いた。
「早く、早く、裏口から出なさい。表に厭な奴が見張っている」といって、屏風のような大きな荷物を渡した。地下室から裏庭へ出て、煉瓦塀に沿った小径をぬけるとそこは裏通りになっていた。私は通りかかったタクシーに乗ってユーストン駅へ急いだ。
残念な事には、僅か数分の違いで七時半の汽車に乗り遅れてしまった。私は呆乎と待合室で次の列車を待った。間に合っても、間に合わなくても、兎に角港まで行って見ようと思ったのである。
前へ
次へ
全65ページ中58ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
松本 泰 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング