ガラス戸の曇りて見えぬ山吹の花
ガラス戸のくもり拭へばあきらかに寐ながら見ゆる山吹の花
春雨のけならべ降れば葉がくれに黄色乏しき山吹の花
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粗笨《そほん》鹵莽《ろもう》、出たらめ、むちやくちや、いかなる評も謹《つつし》んで受けん。われはただ歌のやすやすと口に乗りくるがうれしくて。[#地から2字上げ](四月三十日)
病牀で絵の写生の稽古《けいこ》するには、モデルにする者はそこらにある小い器か、さうでなければいけ花か盆栽の花か位で外に仕方がない。その範囲内で花や草を画いて喜んで居ると、ある時|不折《ふせつ》の話に、一つの草や二つ三つの花などを画いて絵にするには実物より大きい位に画かなくては引き立たぬ、といふ事を聞いて嬉しくてたまらなかつた。俳句を作る者は殊に味ふべき教である。[#地から2字上げ](五月一日)
『宝船』第一巻第二号の召波《しょうは》句集|小解《しょうかい》を読みて心づきし事一つ二つ
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紙子《かみこ》きて嫁が手利《てきき》をほゝゑみぬ
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「老情がよく現はれてゐる」との評なれど余はこの句は月並調に近き者と思ふ。
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反椀《そりわん》は家にふりたり納豆汁
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「古くなつて木が乾くに従ひ反《そ》つて来る」とあれども反椀は初より形の反つた椀にて、古くなつて反つた訳には非《あらざ》るべし。
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あたゝめよ瓶子《へいし》ながらの酒の君
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この句に季ありや。もし酒をあたたむるが季ならばそれは秋季なるべし。あるいは連句中の雑《ぞう》の句などに非ずや。
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河豚《ふぐ》しらず四十九年のひが事よ
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四十九年の非を知るとは『論語』にあるべし。「ひが事」の「ひ」の字は「非」にかかりたるなり。
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佐殿《すけどの》に文覚《もんがく》鰒《ふぐ》をすゝめけり
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「比喩《ひゆ》に堕ちてゐるから善くない」とあれどもこの句の表面には比喩なし。裏面には比喩の面影あるべし。
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無縁寺の夜は明けにけり寒《かん》ねぶつ
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寒念仏といふのは無縁の聖霊《しょうりょう》を弔ふために寒中に出歩行《である》く者なればこの句も無論《むろん》寺の内で僧の念仏し居る様には非るべし。
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此村に長生多き岡見かな
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「老人が沢山来て岡見をしてゐる」のではなく老人の多い目出たい村を岡見してゐる事ならん。
附けていふ、碧梧桐《へきごとう》近時|召波《しょうは》の句を読んで三歎す。余もいまだ十分の研究を得ざれども召波の句の趣向と言葉と共にはたらき居る事|太祇《たいぎ》蕪村《ぶそん》几董《きとう》にも勝るかと思ふ。太祇蕪村一派の諸家その造詣《ぞうけい》の深さ測るべからざる者あり。暁台《きょうたい》闌更《らんこう》白雄《しらお》らの句|遂《つい》に児戯《じぎ》のみ。[#地から2字上げ](五月二日)
ある人いふ勲位《くんい》官名の肩書をふりまはして何々養生法などいふ杜撰《ずさん》の説をなし世人を毒するは医界の罪人といはざるべからず、世には山師《やまし》流の医者も多けれどただ金まうけのためとばかりにてその方法の無効無害なるはなほ恕《じょ》すべし、日本人は牛肉を食ふに及ばずなど言ふ牽強附会《けんきょうふかい》の説をつくりちよつと旧弊家|丁髷《ちょんまげ》連を籠絡《ろうらく》し、蜜柑《みかん》は袋共に食へとか、芋の養分は中よりも外皮に多しとか、途方《とほう》もなき養生法をとなへて人の腸胃を害すること驚き入つたる次第なり、故|幽谷《ゆうこく》翁なども一時この説に惑ひて死期を早められたりと聞けり、とにかく勲位官名あるために惑はさるる人も多きにやあらん。世人は薬剤官を医者の如く思ふ人あれど薬剤官は医者に非ず、かつその薬剤官の名さへ十分の資格もなくて恩恵的にもらひたるもありといへばあてにはならぬ事なり云々。
先頃手紙してこの養生法を余に勧めたる人あり。その時引札やうのものをも共に贈られたり。養生法の引札すら既に変てこなるに、その上に引札の末半分は三十一文字に並べられたる養生法の訓示を以て埋められたるを見ていよいよ山師流のやり方なる事を看破《かんぱ》せり。世の中に道徳の歌、教育の歌、あるいはこの養生法の歌の如き者多くあれどかかる歌など作る者に真の道徳家、真の教育家、真の医師ありし例なき事なり。今ある人の説を聞いて余の推測の違はざるを知れり。[#地から2字上げ](五月三日)
しひて筆を取りて
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佐保神《さほがみ》の別れかなしも来ん春にふ
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