一般の俳句界を概括してこれを言へば「蕪村《ぶそん》調成功の時期」とも言ふべきか。
 蕪村崇拝の声は早くも已に明治二十八、九年の頃に盛なりしかど実際蕪村調とおぼしき句の多く出でたるは明治三十年以後の事なるべし。而して今日蕪村調成功の時期といふも他日より見れば如何なるべきか固より予《あらかじ》め知る能はず。
 太祇《たいぎ》蕪村|召波《しょうは》几董《きとう》らを学びし結果は啻《ただ》に新趣味を加へたるのみならず言ひ廻しに自在を得て複雑なる事物を能く料理するに至り、従ひてこれまで捨てて取らざりし人事を好んで材料と為すの異観を呈せり。これ余がかつて唱道したる「俳句は天然を詠ずるに適して人事を詠ずるに適せず」といふ議論を事実的に打破したるが如し。
『春夏秋冬』は最近三、四年の俳句界を代表したる俳句集となさんと思へり。しかも俳句切抜帳に対して択ばんとすれば俳句多くして紙数に限りあり、遂に茫然として為す所を知らず。辛うじて択び得たる者また到底俳句界を代表し得る者に非ず。されどもし『新俳句』を取つてこれと対照せばその差|啻《ただ》に五十歩百歩のみならざるべし。
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明治三十四年五月十六日               獺祭書屋《だっさいしょおく》主人
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『春夏秋冬』凡例
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一 『春夏秋冬』は明治三十年以後の俳句を集め四季四冊となす。
一 各季の題目は時候、人事、天文、地理、動物、植物の順序に従ふ。時候は立春、暮春《ぼしゅん》、余寒《よかん》、暖《あたたか》、麗《うらら》、長閑《のどか》、日永《ひなが》の類をいふ。人事は初午《はつうま》、二日灸《ふつかきゅう》、涅槃会《ねはんえ》、畑打《はたうち》、雛祭《ひなまつり》、汐干狩《しおひがり》の類をいふ。天文は春雪、雪解、春月、春雨、霞、陽炎《かげろう》の類をいふ。地理は氷解、水ぬるむ、春水、春山の類をいふ。動物は大略|獣《けもの》、鳥、両棲《りょうせい》爬虫《はちゅう》類、魚、百虫の順序を用ゐる。植物は木を先にし草を後にす、木は花木を先にし草は花草を先にす。
一 新年はこれを四季の外とし冬の部の附録とす。その他は従来の定規に従ふ。
一 撰択の標準は第一佳句、第二流行したる句、第三多くの選に入りし句等の条項に拠《よ》
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